*互いの知人
ベリルは男の両手を後ろ手に手錠をはめてしゃがませ、無表情に視線を落とした。何かを思案しているのだろうか、しばらく男を見つめている。
「金はなさそうだな」
「は?」
ぼそりと聞こえた言葉に、ライカは聞き間違いだろうと自分に言い聞かせた。こんな時に相手の資産など計るはずがない。
ましてや、手持ちをどうこうしようだなんて考えている訳がない、きっと俺の聞き間違いだ。
そんなライカの戸惑いなど素知らぬ顔をして、ベリルは男と同じ目の高さになるように片膝を突く。
「組織の名を教えてくれんかね」
目を反らして黙り込む男を睨みつけるのでも、痛めつけるでもなく静かに問いかけた。男は無言で見つめるベリルを一瞥し、まるで感情の読み取れない瞳に少し体を強ばらせて目を泳がせる。
「突き止められないとは思わない事だ」
ゆっくりと手錠を外して立ち上がる。
「逃がすのかよ」
思ってもいない行動にライカは思わず声に出した。
「痛めつけるのは苦手でね」
男は時折ベリルの方を振り返り、ふらつきながらセダンに乗り込み逃げるように走り去った。
「奴が教えてくれる」
車の影をさらりと手で示す。
「どういうことだよ?」
それには答えず、端末を取り出してどこかにかけ始めた。
「ベリルだ、停止するまで頼む。発信ナンバーは──」
事前にでも話をつけていたのだろうか、それだけ伝えて通話を切った。話から察するに、ベリルはいつの間にか男に発信器を取り付けていたのだろう。逃げ足だけでなく、こういう所も素早いのかとライカは感嘆した。
そうしてベリルの興味は他に移ったのか、ライカには目もくれずピックアップトラックに足を向けた。
「あんた、なんで狙われてるんだ?」
捕まえる事に多少の疑問と疲れと、そして追われ慣れているように感じる事に率直な質問を投げた。
「本当に知らないのか。高額ではなかったかね」
「ああ、うん」
ここまで狙われる理由などライカには思いつかない。一体、この人物には何があるんだろう。
「知らないならそれで良い」
「な、なあ!」
粘っても教えてくれそうにない。だったらそれは諦めて、ライカはもう一つ気になることで再び呼び止めた。
本当に悪人ではないのかもしれない、呼び止めに応じる必要はないというのにベリルは止まって振り返る。
「その動きさ、誰かに教わったのか?」
「何故だね」
「俺の知り合いに、似てるんだ」
躊躇いがちに言葉をやや詰まらせる。
「基本的な格闘術は昔に学んだが現在はそれらを組み合わせている」
「そうか、ならいいんだ」
つまりは誰にも学んでないという事かと目を伏せた。
「セシエルに似ていると言われたことはあるがね」
「えっ」
驚いた顔をしたライカに眉を寄せる。
「奴を知っているのか」
確かにハンターなら知っているかもしれない、彼は名の知れた者だった。
「俺の、育ての親だった──」
ベリルは紡がれた言葉に切れ長の瞳を丸くする。そして懐かしい記憶を呼び覚ますように一度、強く瞼を閉じた。
「奴は今どこに」
問いかけられた瞬間、ライカの体から体温が失われてゆく。
「死んだよ。二年前に」
オヤジとこの男とはどんな間柄だったのかと推測しつつ、震える唇を必死に心で抑え絞り出した。
「そうか」
目を伏せてつぶやいたベリルに胸が詰まる。軽い関係ではなかったのだろう、ライカは憂いを帯びたベリルの瞳にそれを確信した。
「俺の──せいなんだ」
か細く発したライカの手は冷たく震えが止まらない。それでも、貯め込んでいた感情を吐き出せたことで心は少し軽くなった。
「良ければ話してもらえないか。その最期を」
ベリルの真摯な問いかけにライカは胸を詰まらせる。





