*浮かび上がる面影
「金か」
「違う」
ぶしつけな問いかけに顔をしかめる。
オヤジはそんな人じゃなかった。オヤジに憧れて、オヤジを目指してハンターになったんだ。そんな俺が金のためでハンターなんかするかよ。
「名声か」
「違う! 俺は、悪い奴をやっつけるために──」
「罪もない者がもし、何かの策略で悪しき者として依頼されれば貴様は捕えるのか」
柔らかいが鋭い物言いに言葉を詰まらせる。
「それ──それ、は」
依頼主が本当の事を言っているとは限らない。その考慮を欠いた行為に静かな叱責を受けてライカはすっかりしょげた。
「噂というものは本人に関わりなく広まる事もある。それを何の根拠もなく疑う事は正しいと思えるか」
言いつけたあと、ライカに攻撃を示す感情が失せたと判断しハンドガンを腰の後ろに仕舞う。
「あんたは、そんなことが言えるほど罪が無いっていうのかよ」
傭兵なら人を殺してきてるはずじゃないか。捕まえることが主なハンターとはまったく違う。戦場での人殺しは確かに一般的な殺人とは別物だけど、人を殺すことに変わりない。
「私には私の背負う罪がある。お前にもお前の罪があるように」
「──っ」
その言葉にライカは顔を引きつらせた。どこかで似たような言葉を耳にしたような気がする。そんなに昔でもないはずなのに、何故だか懐かしく感じられた。
「お前の求めるものが嘘ではないのなら、お前に捕らわれる理由はない」
「う、くそっ」
こうもきっぱりと言われてしまってはライカに口を挟める余地はなく、力なく頭を垂れる。
「お前が目指すハンターをもう一度考えてみると良い。でなければ、また同じ過ちを繰り返す事になる」
自分よりもやや身長が低く細身のベリルがライカにはとても大きく見えた。そして、不思議な感覚が心の奥底から湧き上がってくる。
「左に監視がいる」
「えっ」
「顔を向けるな」
低く告げられ、顔を向けようとしたが静かに制止されて目だけを左に向けた。しっかりとは確認出来ないが灰色のビルの影に暗いスーツを着たサングラスの男がいる。
男に見覚えはなく、その様子は明らかにこちらを監視していた。
「研究するつもりか売り飛ばすつもりなのか」
訊いてみるかな──そんなベリルのつぶやきが耳に届いた刹那、素早く駆けていく背中を視界に捉えた。
まるで獲物を狩る獣のように音もなく標的を目指す。ふと見れば、その足元は動きやすいスニーカータイプの靴だった。
「は、早え……」
二十メートルはあったはずの距離は一気に縮まり、その足の速さに思わずつぶやく。
「──なっ!?」
男は低い体勢で駆けてくるベリルに驚き、思わずハンドガンを手にした。
「遅い」
軌道を読んだのか、わずか五メートルという距離にもかかわらず男が放った銃弾は虚しくコンクリートの地面に当って鈍い音を立てた。
銃口を向けているというのにまったく怯む事のないベリルに、むしろ男の引鉄を引く手が強ばる。
持っているハンドガンを蹴り飛ばし、その勢いのまま回し蹴りを食らわせると男は叫ぶ間もなく意識を失い地面につっぷした。
なんとも鮮やかな身のこなしにライカは口を開けて見惚れていた。ひと蹴りで大の男を気絶させる技は感嘆する他はない。
「ふむ」
ベリルは転がっている男を見下ろし、とりあえずの終わりに小さく溜息を吐き出す。
「あれは──あの動きは」
ライカの脳裏にある記憶がベリルの動きとリンクする。
「オヤジ」
幾度となくつぶやいた言葉は、どこか悔しさも秘めていた。