*流浪の天使
ハミル邸をあとにする一同。
「荷物はそれだけでいいのか」
「うん」
少年は小さなスポーツバッグをキュッと握りしめ弱しくうなずく。
今までの家族の画像の入ったメモリーカードとハミルの形見、そして少しの着替えが少年の全てになった。
「……」
ベリルは彼の肩に手を添える。
「は~……タダ働きかぁ」
「むしろ赤字だよ」
気分を変えるように男たちが口々に発した。
「今回は私が支払おう」
「ホントか?」
「そりゃ、ありがたい」
「助かったぜ」
ベリルの言葉に仲間たちはパッと明るい表情を浮かべた。
「ただし、1人1万アメリカドルだ」
「赤字よりマシさ」
「そうそう、タダ働きよりはいい」
「後で各自の口座に振り込んでおく」
「よろしく頼むぜ!」
それぞれ車に乗り込みベリルに別れを告げて去っていく。
「ハッ!? 待て、こいつは……」
「あなたに任せるわ」
「お前に懐いてるしな」
「キャシー! 泉! おいっ」
求める手の向こうには何も無し。
「……」
少年と2人ぽつんと取り残されたベリル。
力なくうつむく少年に小さく溜息を漏らし軽くポンと背中を叩く。
「行くぞ」
「え……」
オレンジレッドのピックアップトラックに手をかけて呆けたような顔の少年に、クイと乗るようにアゴで示す。
「私の住処だ」
「!」
少年は笑顔で助手席に乗り込んだ。
「……」
広い大地に点在する建物が視界をかすめていく。遠くを見つめる少年の目には涙が潤んでいた。
本当の父さんじゃなかったけど、愛されていた事は忘れないよ……開けた窓から吹き込む風に目を閉じる。
その時、確かにハミルは「父」だったのだから──
本当の父さんが誰なのか解らないけど、僕は新しい父さんの処に来たんだ。とても強くて、優しくて、絶対に死なない父さんの処に……
「……」
ベリルは外を眺める少年に目を細める。
この雰囲気──これはセシエルのものだ。
『流浪の天使』と名付けられた、かの有名なハンターであり傭兵であった「クリア・セシエル」。
いつか、本当の事を話す時が来るだろう。
その時私が出会った彼の事、全てを語ってやろう。優しさを湛えた潤んだ瞳は、まさしく「天使」と呼ぶにふさわしかったと。
少年はベリルに立派な傭兵として育てられ誰もが憧れる者となる事だろう。
3人の名高い傭兵を父に持つ聡明で冷静な傭兵──その名は「ダグラス・リンデンローブ・セシエル」