*その怒りと真実
朝──アメリカの郊外にある邸宅の一室で男は電話を受けていた。
<作戦、成功だそうです>
「! そうか……報酬を払ってやれ」
男は電話から聞こえた結果に少しうなだれた。
「直接、取りに来たぜ」
「!?」
ドアの方から聞こえた声に驚く。
「久しぶりだなぁ」
笑って言った泉の横にベリルが無表情に男を見つめてその後ろには今回の作戦で集められた仲間が立っていた。
「父さん……」
ベリルの後ろから入ってくる少年は眉をひそめてつぶやくように発する。
「ダグ……」
かつては作戦会議のために設けられていた部屋はとても広く、中心にはその名残りのテーブルがどっかりと構えていた。
上座に置かれている豪華な椅子にその男──ハミル・リンデンローブは腰掛けている。テーブルを挟んだ向かいにベリルたちは男と対峙するように集まった。
「10年振りか……」
ハミルはベリルを見つめてつぶやく。そんな男に静かな声で、だがしかし重い口調で発する。
「何故こんな事をした」
「何のことだ」
その言葉に鋭い目線を向ける。
「初めから我々を全滅させるつもりだったのだろう」
「!?」
父さんが!? ベリルの言葉にダグラスだけでなく全員が驚きの表情を浮かべハミルを見やった。
「何故そうだと思う」
小さく薄笑いを浮かべて聞き返すハミルにベリルはゆっくりと語り出す。
「情報が事前に漏れていたとしか思えん。本来の依頼主にその事を質そうと問い詰めたらお前の名が出てきた」
何故だ……? ベリルは厳しい目でハミルを睨み付け、さらに表情を険しくさせて問いかける。
「何故、自分の子を殺そうとした」
「えっ!?」
僕を殺そうとした……? ウソだよね……ダグラスは発せられた言葉に呆然とした。
「……」
男は驚く少年を一瞥し吐き捨てるように言葉を紡いだ。
「そんな奴は俺の子じゃない」
「!? なんで……っ?」
倒れそうな少年の肩にベリルは手を添えた。そんな少年に目も向けずハミルはさらに発する。
「お前もアイシャにせまられた1人だろ? この中の何人、俺の妻と寝た」
「!」
それに仲間たちはざわつく。
「アイシャは強い男が好きだった。ここに来る奴を手当たり次第に誘惑し抱かれて喜んでいた」
今回、依頼された人間のほとんどはその可能性のある者たち。キャシーと泉が加えられたのはハミルの計画を悟られないための隠れミノにするためだ。
「私は断ったぞ」
ハミルにとっては今更どうでもいい事だろうがベリルは一応の誤解を解くため応えた。そんなベリルをハミルは激しく睨み付けると低く、くぐもった声で口を開く。
「そうやって貴様は永遠にこの世界で君臨し続けるつもりか」
「何の話だ」
「いい気分か? みんなに慕われるというのは」
狂気にも似た目がベリルを見据える。
「死なない奴がトップに居座っていたんじゃ誰も上を目指さない。貴様は邪魔なんだよ」
「なるほどね。よく解った」
泉が薄笑いで応え肩をすくめてさらに付け加える。
「奥さんと寝た奴らを殺すのとベリルの名声を失墜させるのが目的か」
全滅したとしてもベリルだけは死なない。
作戦は失敗、生き残り無し。そうなれば確実にベリルの信用は落ちるだろう。薄々それに感づいていたベリルだが、それが確信に変わると冷たい視線をハミルに投げた。
「そんな事のために貴様は彼らの命を消すつもりだったのか」
彼が本当の依頼主に会おうとした理由は仲間の命が危険にさらされたからだ。全滅を計画された事に怒りを憶えた。
ベリルの鋭い眼差しなど流すようにハミルはダグラスを睨み付け声を震わせる。
「俺の息子だと思っていたのに……」
自分の子ではないと気付いたのは5年前──誰の子かは解らないが彼は愕然とし妻を憎んだ。彼女がしている事に目を伏せ自由にしてやっていたのに……ここまで裏切られて彼は行き場のない怒りに震えた。
「愛していたのに! こんな裏切りは許せない」
頭を抱え深い溜息を吐き出す。しばらく哀しみに目を閉じていたハミルだったが、ベリルを見据えて低く発する。
「お前ならここに来るだろうと思っていた」
「! 退け!」
口の端を吊り上げたハミルに何かを感じベリルは自分から離れるように声と手で示す。
一斉にベリルから離れた傭兵たちの耳に重たい鉄のチェーンが移動するような音が上から響いた。
「!? ベリル!」
大きな音を立てて降りてきた鳥かごのような形状をした金属の囲いがベリルを捕らえる。
「!」
自分の周りを確認し誰もいないと思っていたベリルの目に飛び込んできたのはダグラスの姿。
「何故逃げなかった」
驚いて少年の肩を掴んだ。
「だって……」
目線を落としたダグラスは震えた声でか細くつぶやく。
「僕は、いらない子なんだろ」
「! ダグ……」
少年の目に生きる気力は無い。
「……っ」
そんな少年をベリルは強く抱きしめた。
「それを決めるのは誰でも無い。自分自身なのだ。誰にも決められない。お前が自ら決めていかねばならない事なのだ」
強く応え目を吊りあげる。
「泉!」
「おうよ!」
泉はウエストポーチから小さな発火装置を取り出し囲いに取り付けた。
「そんなモノで破壊出来るものか」
ハミルは鼻で笑う。
確かに破壊は出来なかったが、囲いの1つはボロボロになった。ベリルはそれを強く蹴り大きく曲げると隙間からダグラスを押し出す。それを泉が引きずり出した。
「死ななくても苦しむだろ」
小さく舌打ちしたあとハミルは手に持っていたスイッチを押した。
「がああぁぁっ!」
激しい電流が流れる音とスパークに手で目を隠しながら仲間たちはベリルの叫びに眉をひそめる。
「ベリル!」
「放電ゲージ!?」
人道的に問題があるとして使用禁止になった装置だ。こんなものを準備していたハミルに一同は怒りを露わにした。
「……」
泉はスパークの音を聞きながらゆっくり腕を下げハミルを見つめた。
「ダグ……すまないな」
「え…?」
「恨みはあとで聞く」
泉はそう言ってハンドガンを抜いたと同時に他の仲間も一斉にハミルに銃口を向ける。
「ハァーッハッハッハッ!」
ハミルの笑い声が響く中──多くの銃声が彼の胸を貫いた。
「! 父さん……っ」
ダグラスはその光景に体がガクガクと震えた。
キャシーはすかさずハミルが持っていたスイッチを奪うようにして掴みoffにする。放電が止まって上昇していくゲージを確認し彼女はベリルに素早く駆け寄り持っていた布を被せた。
「彼の醜い姿なんて見たくないでしょ。回復するまでこのままでいさせて」
笑ったあと立ち上がり周りを見回す。
「彼が回復するまで中を捜索しましょう」
「おい! みんな、こっちだ」
呼ばれて向かってみると、そこは寝室のようだった。
「! 母さんっ」
すがりつこうとする少年を泉は引き留めた。
「背中をひと突きね。即死だったでしょう」
別の仲間がナイトテーブルの引き出しを開ける。
「おい、これ……」
「! ハミルのカルテ?」
「ガン……末期だ」
「……」
ベリルにかけられた布が揺れる。
「ふう……さすがに利いたな」
むくりと起き上がり頭を何度か振った。真っ黒に焼けた皮膚や髪がベリルが動く度にボロボロと落ちる。
布を体に巻いてキャシーたちの処に足を向けた。
「! もう大丈夫なの?」
「まだあちこち引きつるが、なんとか」
「……ベリルさん」
少年は声を震わせてベリルにしがみついた。
「……」
ベリルは黙って少年の肩をやさしくさする。
「ガンか……」
仲間から手渡されたカルテに苦い表情を浮かべた。
それは死ぬ事の無いベリルを憎むように静かに語りかけている。
「だからって健康な人間を憎むのはお門違いってものさ」
泉は肩をすくめてみせた。
「かつては英雄とまで言われたのに」
ぼそりと1人の男がつぶやく……
彼は全てを憎んで死んでいった。妻への愛とその妻の裏切り、そして死の恐怖……そんなものが英雄を悪魔に変えたのだ。