*告げる秘密と告げられない正体
モーテルに着いてカウンターの男を一瞥する。
「1人追加だ」
歩きながらカウンターにアメリカ紙幣を数枚置いた。
雑にドアを開き部屋に入ると少年は怪訝な表情を浮かべる。
「もっといい部屋に泊ってるのかと思った」
「ここは馴染みのモーテルだ。安いしサービスもいい」
冗談交じりに発する。
「お前はベッドを使え」
「ベリルさんは?」
「私はそこの角で寝る」
ドアのすみを示した。
「僕、小さいから2人で寝られますよ」
「男と寝る趣味はない」
深夜──ようやく目当ての人物に出会えた事で少年は興奮気味だった。
なかなか寝付けなかったが、うつらうつらしてきた頃……突然、暗闇の中で誰かがのし掛かってきた。
「!?」
驚いて叫ぼうとしたが口を塞がれている。一体、何が起こっているんだ!?
「ん……? あれ?」
のし掛かっている人影が怪訝な声でつぶやく。
「!」
灯りが点いたが少年はその明るさで目の前が暗くのし掛かっている人物をまだ確認出来なかった。
「何をしている」
ベリルが目を据わらせてベッドにいる人物に発した。
「あ、イズミさん……?」
「ありゃ。ガキか」
「私だと思ったのか」
少年に馬乗りになったまま泉は苦笑いする。
「お前のやりそうな事だ」
あきれ顔で腕を組み近寄るベリルを泉はすかさずその腕を掴みベッドに押し倒した。
「子供の前で披露する趣味があるのか」
「……強い盾を持ったな」
泉は仕方ないと諦めてベリルから離れる。
「またな」
「遠慮する」
にこやかにドアから出て行く泉を見送り溜息を吐き出した。そんな横顔を少年は見つめる。
「あの……」
昼間、聞き流していた事を思い出す。
「ベリルさん……は、どうして年を取らないの?」
ベリルはそれに、ああ……とつぶやいた。
「そういう力を持っている奴がいてね。私にそれを使ったんだよ」
「えっ!? じゃあまだ何人かいるんですか?」
「いいや、使ったのは私にだけだ」
「どうして?」
ベリルはベッドに座り直し静かに語った。
「その力は一度きりのものでね。奴はそれを使う気はなかった。それでも使わなければならない状況に立たされて仕方なく私に使ったという訳だ」
「ふーん?」
「そういう人間の事をミッシング・ジェムと呼ぶ」
人類の歴史に埋もれた存在。それは力を持つ者にも適用される言葉だ。
「だが奴にはもうその力は無い」
追われる心配はなくなったのだ。そう言ったベリルの目に少年は優しさを見て取った。
自分が死ねない体になった事よりその人が追われなくて済む事に安心している。元々、数多くの人種から摂取されたヒトDNAをつなぎあわせて造られた『キメラ』であるベリルは、すでにミッシング・ジェムだといえた。彼がキメラである事を知る者は数人のみだ。
知られれば彼を造ったA国──アルカヴァリュシア・ルセタから追われる事になる。傭兵という仕事に長生きは望めないという安堵感は、不死になり崩壊した。
誰にも告げる事のない秘密をベリルは永遠に背負い続けなければならなくなったのだ。