*不確かな気配
アリメカ合衆国、ユタ州──北にアイダホ州とワイオミング州があり東にコロラド州、西にネバダ州、南にアリゾナ州と接している州だ。
ロッキー山脈、グレートベースン、コロラド高原という地形的な特徴を有しており、最初の開拓者が到着した刻にはメキシコ領だったという過去を持つ。
そんな州のとある小さな街で、オレンジレッドのピックアップトラックから青年が降り立つ。晴れた空を仰ぎ、大陽のまぶしさに端正な顔をやや歪めた。
「おい!」
「ん?」
雑貨屋に入るところだった青年は大声で呼び止められて振り返る。そこには、随分とガタイの良い青年がこちらを睨みつけていた。見覚えのない顔に眉を寄せる。
「おまえ、ベリル・レジデントだな?」
「何か用かね?」
ライカは落ち着き払った青年に戸惑いながらも、その姿を刻みつけるように見つめた。写真で見るよりも細身ではるかに美形だ。いや、細くは見えても服の上からでも鍛えられている事が解る。
やはり自分よりは二つほど年下に見える。
「俺はライカ。ハンターだ! おまえを捕まえに来た」
「理由は」
少しも動じずに問いかけるベリルにいぶかしげな表情を浮かべた。とぼけるのが上手いのか、それともハンターを沢山見てきているのか。
どうでもいいがこいつ、顔つきも上品なら動きも上品じゃないか。傭兵だと聞いていたけど、今までに出会った傭兵とかなり違う。
「おまえの悪行に捕まえて欲しいと依頼があったんだよ」
「悪行?」
青年の表情に初めて変化があった。端正な顔立ちから表される感情はライカの神経を逆なでする。
これはある意味、妬みのようなものなので仕方がないといえるだろう。
「大人しくしろ」
腰の収納ベルトに収めている銃のグリップに手を添えながら手錠を手に慎重に近づく。
「あ」
「え?」
何かに気がついたようにベリルがおもむろに視線と共に小さな声を発してライカはそれに条件反射的に視線を追った。
しかし、そこにはさしたるものもなく眉を寄せて顔を戻す。
「なんだ──いない!?」
目の前にいるはずのターゲットの姿が消えて焦っていると、路肩に駐めてあったピックアップトラックが勢いよく走り出した。
「あいつ!? 待て!」
ガラス越しに見えた顔に車を追いかけるも追いつくはずもなく、小さくなっていく車の後ろ姿に呆然と立ちつくす。
「うそだろ」
こんな手にひっかかるなんてあり得ない。相手が自分よりかなり小柄だったから油断していた。
ライカははたと我に返り、追いかけないとと同じく路肩に駐めていた自分の車に駆け寄って乗り込む。砂色をした大型の四輪駆動車はライカの体格にも大きすぎることはないようだ。
「なんなんだあいつ」
悔しげに舌打ちした。
「俺が逃げられるなんて」
失態に憎々しくつぶやき車を走らせる。ベリルという青年の外見には似つかわしくない無骨な車だったため、もしやあれが彼のものだとは思ってもいなかった。
しかし、傭兵ならばあれも納得の範囲だろう。
「次は逃がさん」
こっちには追跡して知らせてくれる人間がいるんだ。逃げても必ず追っていく。ライカは勝ち誇ったように鼻を鳴らした。