*私の知ったことか
白い建物は太陽の光を浴び、威厳をまとうようにそびえている。
市立の病院だろうか、多くの医師と看護師がそれぞれの役割をしっかりと担うべくきびきびと働き、整った設備は安心感を覚える。
三階は個室が多く、他の階よりもゆっくりした時間が流れているようにも感じられた。その一室、無骨な機械が淡々と数値を示し、そこから伸びるコードやチューブがベッドに横たわる男につながっている。
意識のない男を見つめる女の目は死んだ魚のように濁り、疲れた様子が窺える。女を支える椅子までもが、崩れてしまうのではと思うほどの落胆が彼女から見て取れた。
「レンドル」
どうしてこんなことになっちゃったの、どうしてあなたがこんな目に遭わなければならないの──? 目を覚ますことのない男の名を呼び、涙が頬をつたう。
泣けども解決の糸口はなく、それでも涙は止まらない。
そのとき、スライドドアが開く音が聞こえ慌てて涙を拭った。
「どうして──!?」
そこにいたベリルとライカに目を見開き、ベッドにいる男を守るように二人を睨みつけた。
ベリルは生命維持装置を一瞥し、シャロン越しに見える人物に目を眇める。
「レンドル・シャプナー。仕事中の事故で意識不明」
そこまで調べたのかとベリルを凝視し、諦めたように再び椅子に腰を落とす。
「そうよ。意識が戻らないまま5ヶ月が経つわ」
彼は建設現場で働いていた。よもや、上から鉄骨が降ってくるなどと誰が思うだろうか。彼がいた場所は、建築途中の建物から十メートル以上も離れていたのだから。
バランスを崩し、揺れたクレーンから外れた鉄骨はレンドルの頭部に直撃した。ヘルメットのおかげで死なずに済んだと言われても、この状態で果たして生きていると言えるのかとシャロンは憤りを隠せなかった。
「私を捕えた処で救えはしない」
聞きたくない言葉にシャロンは強く瞼を閉じた。
ひと筋の希望があるのなら──彼女は方々を調べ尽くし、ベリルにたどり着いた。本当に不死なら、それを解明出来れば彼を救えるかもしれない。
そんな希望も虚しく消えた。このまま二人で死のうかと考えたとき、
「カルテを見せてもらった」
傭兵がカルテを見て解るの? シャロンは怪訝な表情を浮かべた。
傭兵にだって医学の知識がある者もいれば医師免許を持つ者だっているのだが、彼女の傭兵に対する認識はその程度なのたろう。
「私の知人に優秀な医師がいる」
彼の腕は確かだよ──ベリルの言葉に喉を詰まらせる。
あんなことをした私を助けてくれるというの? 自分がしたことを思えば、ベリルの言葉はとても信じられないものだった。
それでも希望があるのなら、プライドなんか捨ててすがりつきたい。
「彼は、レンドルは目を覚ます?」
「それは解らない」
「もっと冷たい人だと思ったわ」
彼女の言葉に口の端を吊り上げて病室をあとにした。
「あれでいいのか?」
自分を捕まえようとした相手なのに助けるなんてとライカは驚いた。
「彼女なりの前に進む力だったのだろう」
ベリルは病院の入り口をちらりと見やり、車に向かった。前が見えなくなることはよくある事だ。取り返しの付かない状況にならなかった事が幸運だろう。
「あなたのことは誰にも言わない」──感謝の言葉と共に彼女の口からつむがれた。
ベリルの存在は表の世界には決して知られてはならない。ベリルの傭兵としての力を求め、彼の存在に救いを感じている者は組織や団体、国に至るまで様々だ。
多少の犠牲を払ってでもベリルを守ろうとする力は大きい。口をつぐむことは、彼女自身の身を守ることにもなる。
──ライカは助手席でベリルの横顔を見つめた。見た目も性格もまったく違うのに、育ての親であるクリア・セシエルの姿とついつい重ねてしまい唇を噛む。
「ライカ」
「なんだ?」
「空港はどっちだ」
「え……」
忘れた頃にやってきた質問に固まる。空やらあちこちを見回すが、どう見積もっても理解しようとして見回しているようには思えない。
「ここから西にある」
「西……」
これはだめだと頭を抱える。西にあると言っても西がどっちかすら解っていない。
「こんな奴をどうしろというのだ」
出来れば放置してやりたい。どこかで死んだとしても私の知った事か。
しかし、ライカはセシエルの忘れ形見のようなものだ。このまま死なれても後味が悪い。眉間にしわを寄せて再び深い溜息を吐き出した。