*お前の仕業か
「おい、いいのかよ」
ライカは後ろを向き、遠ざかる黒いリムジンを見やる。
「名前は聞いた」
ベリルなら倒せた数なのにと思っていたが、そうか情報屋を使って彼女についてもっと調べてからにしたんだなと納得した。
むやみに攻撃したりも、殺したりもしない。やっぱり、自分が聞いてきたものとはあまりにも違う。
「死にたくなければ私に関わるな」
無表情に放たれた言葉に、ライカはびくりと体を強ばらせた。
「この車でなければお前は死んでいた」
言われて目を伏せる。今回は助かったけれど、次も助かるとは限らない。
「ハンターも辞めるんだな」
「!? そんなこと──」
出来るわけないだろ。そう言いかけたが声にならなかった。自分がどれだけ馬鹿でだめな人間なのか、充分に解っているから言い返せない。
「方角は掴めない。場の状況も把握出来ないではハンターとして致命的だ」
「──っ」
ライカは喉を詰まらせる。
「こ、これでも二年もハンターやってたんだぞ!」
それでもなんとか絞り出した声は震え、それに連動するように手も震えている。
「お前が今まで受けていた仕事は全て一人の仲介屋を挟んでのものだろう」
「!? なんでそれ──」
「その仲介屋はセシエルからの馴染みなのだろう」
セシエルをよく知り、共に暮らしていたライカの事もよく知っている。優秀な男なら、相手の力量に見合う仕事を紹介するだろう。
ベリルは基本、接触した者については調べるようにしている。ライカの事を知れば知るほどに頭を抱えずにはいられなかった。
「お前のしてきた仕事は猫の使い程度でしかない」
本来なら小遣い稼ぎレベルのものだ。
「そこまで言う!?」
されど、そうなのかもしれないと言い返すことも出来ず、でかい図体を小さくした。
「人に教える事は下手だったらしい」
目の前にいたなら文句の一つも言ってやりたい。
「それでも積極的に学ぶ姿勢があるならば、何かは学んだはずだがね」
「何がだめなんだよ……。わかんねぇよ」
ずっとオヤジの助けになっていると思っていた。オヤジが死んで、俺はオヤジの跡を継ぐんだって息巻いて──思えば、仲の良いハンターもいなければ、傭兵と同じ仕事をしたこともない。
自分の不甲斐なさをつくづく思い知らされた。
「初めからやり直せ」
「──っ」
ここまで言われては、さしものライカも頭に来たのか伏せていた顔を上げてベリルの後頭部を睨みつけた。
「だったらお前が教えろよ!」
「なんだと?」
よもや、そんな言葉が返ってくるとは思ってもいなかったベリルは、眉間に大きなしわを刻んだ。バックミラー越しにライカを見やると、涙目でこちらを睨みつけている。
熊のような男が涙を貯めても可愛いとは思えない。
「そんなに言うんだったら! お前が! 俺に! 教えろ!」
「何故そうなる」
これには参った。やぶ蛇だ。
「俺はオヤジの跡を継ぐんだ。辞めるなんて嫌だ」
その意識だけは褒めてやるがね。心の中でつぶやき、再び溜息を吐く。
「断ったらどうする」
「無理矢理にでもついていく!」
冗談じゃないと切れ長の瞳を丸くした。
「覚悟はあるのか」
私はセシエルほど甘くはないぞ。
「おう!」
胸を張って応えたライカに呆れて溜息を吐く。
この状態で二年もハンターを続けていて、ほぼ無傷という事に驚きだ。本当ならば死んでいたっておかしくはない。
他のハンターとあまり接触がなかったことと、仲介屋がかなり出来る男だったことが幸運にもライカを生きながらえさせていた。
これはお前の仕業か、セシエル──まるで、何かに導かれたようじゃないか。
見えない何かが、その導きを引き離すまいと必死になっているように思えてベリルは目を眇めた。