相棒の定義と、最低生存確率
森での一件から三日。
父に烈火のごとく叱責され、母に静かに説教され、護衛は倍になった。
だが。
本当に変わったのは、レオンの中だった。
*
夜。
天井を見つめながら、レオンは小さく呟く。
「……リリィ」
『待機中』
即答。
機械的。
だが、以前よりも“そこにいる”感覚があった。
「この前さ」
『戦闘補助事案の件ですか』
「事案って言うな」
寝返りを打つ。
「俺、死ぬとこだったよな」
わずかな間。
『致死確率7.3%』
「一桁かよ!!」
布団を蹴る。
「ほぼ死んでるじゃねぇか!!」
『訂正。高確率で生存』
「揚げ足取るな!!」
だが、胸の奥はまだ冷えている。
あの瞬間。
確かに終わると思った。
「……助けたのはお前だよな」
『補助演算および身体制御最適化を実行』
「だからそういう言い方やめろって!」
小さく息を吐く。
「……ありがとな」
今度は、ちゃんと。
言葉にする。
ほんのわずかに、応答が遅れる。
『生存確率向上は合理的判断です』
「照れるなよ」
『照れの概念未実装』
「嘘つけ」
*
しばらく静かな時間が流れる。
そして。
『質問があります』
「なんだよ」
『命名理由の再確認を要請』
嫌な予感。
すごく嫌な予感。
『名称:リリィ』
「それが?」
『花の名称と一致』
止まる。
『分析結果:ルシエラが好む花と一致』
「ちょ、待て」
『感情的関連性 82.6%』
「やめろやめろやめろやめろ!!」
枕に顔を押し付ける。
「それ言うなぁぁぁ!!」
『事実報告』
「違う!!違うからな!!」
『否定率 13%』
「勝手に確率出すな!!」
ベッドの上で転がる。
足をばたつかせる。
「俺はただ!!その!!」
『説明待機中』
「……響きが良かっただけだ!」
『虚偽率 71%』
「うわぁぁぁぁぁ!!!」
完全敗北。
五歳児、撃沈。
だが。
しばらくして、呼吸を整える。
「……別にいいだろ」
「俺が決めたんだ」
「お前はリリィだ」
今度は逃げない。
『識別名:リリィ』
わずかな間。
『固定』
短い肯定。
それだけなのに。
胸の奥が、少しだけ温かくなった。
*
「なあ、リリィ」
『はい』
「お前さ」
「俺の力だよな?」
即答は来ない。
ほんのわずかな沈黙。
『補助機構は独立演算を保持』
「でも俺の中にいる」
『はい』
「俺が動かないと戦えない」
『はい』
「じゃあ俺の力だ」
理屈は雑だ。
でも、真っ直ぐだ。
『……再定義中』
「再定義すんな」
『新規概念登録』
「は?」
『相棒』
短い言葉。
「勝手に読むな!」
『常時観測中』
「うるさい!」
怒鳴りながらも、笑っていた。
天井を見上げる。
「リリィ」
『はい』
「次は死なねぇ」
『目標設定:生存確率99%以上』
「いや100%だ」
『非現実的』
「黙れ」
ほんの一瞬。
『……努力値最大化』
目を閉じる。
怖さは、まだ消えていない。
だが今は。
独りではない。
*
眠りに落ちる直前。
ふと、違和感がよぎった。
(……なんで俺)
さっきの会話。
言葉が、少しだけおかしかった。
子供のはずなのに。
どこか、大人みたいな言い回しが混じる。
考え方もそうだ。
五歳のはずなのに。
どこかで“知っている”。
説明できない何かを。
(……なんだ、これ)
記憶を辿ろうとする。
だが。
掴めない。
霧がかかったように、ぼやけている。
『思考負荷上昇。原因不明』
「……お前も分からんのか」
『該当データ未検出』
静かな返答。
だが、その“分からなさ”が引っかかった。
(……まあ、いいか)
無理に考えるのをやめる。
今は、まだ必要ない。
そう判断した瞬間。
思考は自然に沈んでいく。
その奥で――
ほんの一瞬だけ。
見たことのない景色が、ちらついた。
高い建物。
光る板。
見知らぬ言葉。
だが、それもすぐに消える。
残るのは――
理由の分からない、懐かしさだけだった。
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