名を与える者
夜は、静かだった。
窓の外では北風が城壁を撫で、遠くで警備の足音が規則正しく響いている。
レオンは天井を見つめていた。
「……いるのか」
暗闇に向かって呟く。
間を置かず、返答があった。
『存在しています』
「即答やめろ、ちょっと怖い」
『応答遅延をご希望ですか』
「いらんわ」
小さく息を吐く。
「……おい、って呼ぶのも変だな」
『呼称を定義しますか』
「なんでそんな上からなんだよ」
『事実確認です』
「……なんか、花みたいな名前にするか」
『命名理由を提示してください』
「フィーリングや」
『非論理的です』
「うるさい」
一拍。
「……リリィ」
沈黙。
『呼称登録。識別名“リリィ”を暫定採用します』
「暫定ってなんだよ」
『評価期間中です』
「就職か」
思わず笑いが漏れた。
暗闇の中なのに、不思議と独りではない感覚があった。
*
翌日。
レオンは誰にも告げず、城を抜け出していた。
腰には実剣。
懐にはナイフ。
目的は一つ。
(本当に……俺は強いのか)
森の空気は冷たい。
音が少ない。
気配が、濃い。
草が揺れた。
低い唸り。
イービルウルフ。
一頭。
「……よし」
ナイフを抜く。
投げる。
――ドス。
眉間。
即死。
「……いけるな」
だが、その直後。
左右。
背後。
草が連鎖的に揺れた。
「……は?」
囲まれている。
十。
低い唸りが重なる。
(いや多くない!?)
一頭が跳ぶ。
連動して、全てが動く。
(死ぬ)
『右へ三歩』
「今それ言う!?」
だが体は動く。
間に合う。
爪がかすめる。
『剣を抜く。腰を落とす。姿勢が不安定です』
「うるさい今それどころやない!」
抜刀。
振る。
当たる。
倒れる。
『左より接近。反応速度、平均より遅延』
「誰基準やねん!」
だが回避。
次。
次。
視界が変わる。
狼の動きが、線になる。
軌道が見える。
『回避成功率89%。修正します』
「中途半端やな!」
だが――
外れない。
斬るたびに、最適になる。
動きが削ぎ落とされる。
無駄が消える。
『その動きは非効率。修正』
「勝手に最適化すな!」
それでも。
最短で終わる。
数秒後。
森は、静まり返っていた。
息だけが荒い。
剣先から血が滴る。
「……は……っ」
膝が震える。
心臓がうるさい。
その時。
『戦闘ログ解析完了』
「ちょっと待て今それいる!?」
『敵性個体:11』
「多いって!」
『戦闘時間:5.03秒』
「嘘つけ!」
『被弾率:0%』
「……それはええな」
『補助率:87.4%』
「ほぼお前やんけ!!」
『否定。最終判断はあなたです』
「いや納得できへん」
沈黙。
森の風が通り抜ける。
レオンは、ゆっくりと息を整えた。
「……リリィ」
初めて、自分から名を呼ぶ。
『呼称を確認しました』
少しだけ、間があった。
ほんのわずかに。
「……助かった」
素直な言葉だった。
数秒の沈黙。
『生存確率が著しく低下していました』
「それは分かる」
『次回は、より早く介入します』
「それはそれで怖いねん」
ほんの一瞬。
返答が、わずかに遅れた。
それが何かは分からない。
だが――
さっきまでとは、少し違った。
森の奥で風が鳴る。
レオンは、初めて理解する。
自分はもう、独りではないことを。
それが救いなのか。
それとも――
まだ、分からない。
ただ一つだけ。
確かなことがあった。
この日。
彼は、“相棒”の名を呼んだ。
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