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名を与える者

 夜は、静かだった。


 窓の外では北風が城壁を撫で、遠くで警備の足音が規則正しく響いている。


 レオンは天井を見つめていた。


「……いるのか」


 暗闇に向かって呟く。


 間を置かず、返答があった。


『存在しています』


「即答やめろ、ちょっと怖い」


『応答遅延をご希望ですか』


「いらんわ」


 小さく息を吐く。


「……おい、って呼ぶのも変だな」


『呼称を定義しますか』


「なんでそんな上からなんだよ」


『事実確認です』


「……なんか、花みたいな名前にするか」


『命名理由を提示してください』


「フィーリングや」


『非論理的です』


「うるさい」


 一拍。


「……リリィ」


 沈黙。


『呼称登録。識別名“リリィ”を暫定採用します』


「暫定ってなんだよ」


『評価期間中です』


「就職か」


 思わず笑いが漏れた。


 暗闇の中なのに、不思議と独りではない感覚があった。



 翌日。


 レオンは誰にも告げず、城を抜け出していた。


 腰には実剣。

 懐にはナイフ。


 目的は一つ。


(本当に……俺は強いのか)


 森の空気は冷たい。


 音が少ない。


 気配が、濃い。


 草が揺れた。


 低い唸り。


 イービルウルフ。


 一頭。


「……よし」


 ナイフを抜く。


 投げる。


 ――ドス。


 眉間。


 即死。


「……いけるな」


 だが、その直後。


 左右。


 背後。


 草が連鎖的に揺れた。


「……は?」


 囲まれている。


 十。


 低い唸りが重なる。


(いや多くない!?)


 一頭が跳ぶ。


 連動して、全てが動く。


(死ぬ)


『右へ三歩』


「今それ言う!?」


 だが体は動く。


 間に合う。


 爪がかすめる。


『剣を抜く。腰を落とす。姿勢が不安定です』


「うるさい今それどころやない!」


 抜刀。


 振る。


 当たる。


 倒れる。


『左より接近。反応速度、平均より遅延』


「誰基準やねん!」


 だが回避。


 次。


 次。


 視界が変わる。


 狼の動きが、線になる。


 軌道が見える。


『回避成功率89%。修正します』


「中途半端やな!」


 だが――


 外れない。


 斬るたびに、最適になる。


 動きが削ぎ落とされる。


 無駄が消える。


『その動きは非効率。修正』


「勝手に最適化すな!」


 それでも。


 最短で終わる。


 数秒後。


 森は、静まり返っていた。


 息だけが荒い。


 剣先から血が滴る。


「……は……っ」


 膝が震える。


 心臓がうるさい。


 その時。


『戦闘ログ解析完了』


「ちょっと待て今それいる!?」


『敵性個体:11』


「多いって!」


『戦闘時間:5.03秒』


「嘘つけ!」


『被弾率:0%』


「……それはええな」


『補助率:87.4%』


「ほぼお前やんけ!!」


『否定。最終判断はあなたです』


「いや納得できへん」


 沈黙。


 森の風が通り抜ける。


 レオンは、ゆっくりと息を整えた。


「……リリィ」


 初めて、自分から名を呼ぶ。


『呼称を確認しました』


 少しだけ、間があった。


 ほんのわずかに。


「……助かった」


 素直な言葉だった。


 数秒の沈黙。


『生存確率が著しく低下していました』


「それは分かる」


『次回は、より早く介入します』


「それはそれで怖いねん」


 ほんの一瞬。


 返答が、わずかに遅れた。


 それが何かは分からない。


 だが――


 さっきまでとは、少し違った。


 森の奥で風が鳴る。


 レオンは、初めて理解する。


 自分はもう、独りではないことを。


 それが救いなのか。


 それとも――


 まだ、分からない。


 ただ一つだけ。


 確かなことがあった。


 この日。


 彼は、“相棒”の名を呼んだ。


――――――――――――


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