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プロローグ3 ーあの日の、わたしの世界 (ルシエラ視点)

 朝の光は、いつも少しだけまぶしい。


 大きな窓から差し込む陽射しは、白い床を静かに照らしていた。


 公爵家の部屋は広く、整っていて、音が少ない。


 ……静かすぎる。


 わたしは椅子に腰かけたまま、窓の外を眺めていた。


 庭では使用人たちが整然と動き、遠くでは騎士の訓練の音がかすかに響いている。


 規律。秩序。格式。


 この家は、それでできている。


 魔法も同じだ。


 ただ使うものではない。


 管理し、制御し、逸脱を許さない。


 それが、アルカディア=ルミナスの在り方。


「今日も、会えないのね」


 ぽつりと呟いて、はっとする。


 誰もいないのに、声に出してしまった。


 レオンハルトは、辺境伯家の子。


 わたしは、公爵家の娘。


 大人たちは「遠くはない」と言う。


 でも――


 会いたいと思った瞬間に会えない距離は、十分に遠い。


「……つまらない」


 頬を膨らませる。


 分かっている。子供っぽい。


 でも、仕方がない。


 あの子といる時だけ、世界が少し違って見えるのだから。



 午前中は魔法の講義。


 魔力循環の理論、属性の重ね合わせ、術式構造。


 難しくはない。


 理解できる。


 でも――


(レオンなら、どう言うかな)


 ふと、思う。


 彼はきっと、こう言う。


「なんでそんな遠回りするんだろう?」


 理屈より先に疑問が来る。


 正解より先に、“違和感”が来る。


 あの目。


 まるで何かを見透かしているようで――


 でも、どこか無邪気で。


 そして。


 ほんの少しだけ、“ズレている”。


 正しいはずの答えを、選ばない。


 まるで最初から、別の答えを知っているみたいに。


「ルシエラ様?」


 教師の声で我に返る。


「はい」


 姿勢を正す。


 公爵家の娘として、恥ずかしくない振る舞いを。


 それが、わたしの役目だ。



 昼食の席。


 父は王都の話をしていた。


 王家との書簡。


 北方の情勢。


 辺境伯家の動き。


「グラーツ家は安定している」


 その一言で、胸が少しだけ軽くなる。


(よかった)


 理由は分からない。


 でも――安心した。


 あの子がいる場所が、揺らいでいないことに。



 午後。


 庭で一人、魔法の練習をする。


 火を灯す。


 小さく、制御して。


 揺れる光は、不安定で。


 そして――消えた。


「……ふぅ」


 成功でも失敗でもない。


 中途半端。


(レオンなら、どうするかな)


 きっと、違うことをする。


 火じゃない。


 もっと別の。


 もっと――


 自由な何かを。


 この家では許されないやり方で。


「……変な子」


 でも、嫌いじゃない。



 夕暮れ。


 西の空が赤く染まり、長い影が庭を横切る。


 静かで。


 少しだけ、寂しい時間。


(また、会えるよね)


 約束はしていない。


 でも、信じている。


 あの子はきっと、どこかで笑っている。


 そして――


 強くなっていく。


 理由もなく、そう思った。


 その時。


 胸の奥が、少しだけ痛んだ。


 理由は分からない。


 分からないままで、いいと思っている。


 だって今は、まだ子供だから。



 夜。


 ベッドに入っても、眠れない。


 窓の外には月。


 静かな光。


 手を胸に当てる。


 鼓動が、少しだけ早い。


(なんでだろう)


 彼といると軽くなる。


 離れると、少しだけ重くなる。


 この感情に、名前はまだない。


 でも――


 きっと、いつか知る。


 その時。


 遠い北の空に、灰色の雲がゆっくりと流れていた。


 ただの雲のはずなのに。


 なぜか――目を離せなかった。


 まるで。


 何かが、始まろうとしているみたいに。


 その意味を、わたしはまだ知らない。


 ただ。


 あの日の世界は、

 とても穏やかで、

 少しだけ、甘かった。


――――――――――――――――――――


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