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プロローグ2 ーぼくの日常ー

僕の名前は、レオンハルト。

 もう五歳だ。


 五歳というのがどれくらいすごいのかは、まだよくわからない。

 でも、父さまも母さまも「もう五歳なんだから」と言うので、たぶん少しは大人になったのだと思う。



 その日の朝。


 食堂には、焼きたての白いパンの匂いが満ちていた。


 僕は椅子に座り、それを両手でちぎる。


 ふわり、と柔らかい。


 一口かじると、ほんのり甘みが広がった。


(……やっぱり、このパンはおいしい)


『栄養効率:良好。糖質比率も適正です』


(急に分析せんでええ)


『味覚評価:高水準と推定』


(それは分かる)


 向かいでは父さまがスープを飲んでいる。

 背筋はまっすぐで、隙がない。


 母さまが、ふとこちらを見た。


「レオン」


「うん?」


「あなた、最近……剣を振っているわね」


 手が止まる。


「うん。騎士の人たちと」


 母さまは、わずかに目を細めた。


「そう」


 一拍。


「――基礎ができていないわ」


「え?」


 思わず声が出る。


「当てているだけ。振り回しているだけ。そうでしょう?」


(……バレてる)


『指摘は正確です』


(フォローせえや!?)


 母さまは立ち上がった。


「今日からやり直しよ」



 中庭。


 冷たい風が吹き抜ける。


 僕は木剣を握っていた。


 重い。


 何度持っても、これは慣れない。


「構えて」


 母さまの声。


 言われた通りに構える。


「違う」


 即答だった。


「足の幅。重心。全部ずれているわ」


(厳しない?)


『指摘精度:高』


(お前どっちの味方やねん)


「もう一度」


 言われた通り、足を開く。


 少しだけ、沈む。


「……そう」


 今度は、止められなかった。


 胸の奥が、少し熱くなる。


「あなたは当てることはできる」


 母さまが言う。


「でも、それは“技”ではないわ」


(……技じゃない?)


『補足:現在は予測誘導に依存しています』


(言い方ぁ!!)


「基礎がなければ、いずれ崩れる」


 静かな声だった。


 でも、逃げられない。


「覚えなさい」


「……うん」


 少しだけ、悔しい。


 でも――


 嫌じゃない。



 午後。


「レオン!」


 明るい声が響く。


 振り向くと、ルシエラが手を振っていた。


淡い金色の髪が陽光を受けて揺れ、碧い瞳がまっすぐこちらを見ている。


 ルシエラ・アルカディア=ルミナス。


 王国最高位の魔法貴族――ルミナス公爵家の令嬢であり、

 幼いながらも風と氷、二つの属性適性を持つ希少な魔導士だ。


 将来、国家級の魔導戦力になるとも言われている。


 ……らしい。


(いや、そんな大層なやつやったんかお前)


『事実です』


(普通に遊んどるけどな)


「おはよう、レオン!」


「おはよう、ルシエラ」


 それだけで、少しだけ心が軽くなる。


 淡い金色の髪が光を受けて揺れる。


「ねえねえ、今日は何してたの?」


「剣の練習」


「すごい!」


『誇張率:42%』


(黙っとけ)


「基礎からやり直しだけど」


「それでもすごいよ!」


 本気で言っている。


 だから、少しだけ救われる。


「じゃあ私、魔法の練習する!」


「また?」


「また!」


 胸を張る。


 少し心配になる。


 ルシエラは両手を前に出した。


 小さな光が灯る。


 揺れて――消えた。


「……あれ?」


(あ、これあかんやつや)


 思わず笑いそうになる。


「笑ったでしょ!」


「笑ってない」


「絶対笑った!」


 やり取りが、妙に楽しい。



 夕方。


 馬車が見えると、胸が少し静かになる。


「また来るよね?」


「うん。必ず」


 ルシエラは満足そうに頷いた。


「約束だからね」


「うん」



 夜。


 ベッドに横になり、天井を見つめる。


(基礎、か……)


 今日の言葉が、頭に残っていた。


 目を閉じる。


 暗闇の奥に、光が浮かぶ。


 点と線。


 繋がって、広がる。


(……なんやこれ)


『未解析構造体。観測継続中』


(お前でも分からんのか)


『はい』


 少しだけ、安心する。


 分からないのは、自分だけじゃない。


 光はやがて消えた。


 意識が沈む。


 その奥で――


 ほんの一瞬だけ。


 “何か”が、こちらを見ていた。




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