プロローグ2 ーぼくの日常ー
僕の名前は、レオンハルト。
もう五歳だ。
五歳というのがどれくらいすごいのかは、まだよくわからない。
でも、父さまも母さまも「もう五歳なんだから」と言うので、たぶん少しは大人になったのだと思う。
*
その日の朝。
食堂には、焼きたての白いパンの匂いが満ちていた。
僕は椅子に座り、それを両手でちぎる。
ふわり、と柔らかい。
一口かじると、ほんのり甘みが広がった。
(……やっぱり、このパンはおいしい)
『栄養効率:良好。糖質比率も適正です』
(急に分析せんでええ)
『味覚評価:高水準と推定』
(それは分かる)
向かいでは父さまがスープを飲んでいる。
背筋はまっすぐで、隙がない。
母さまが、ふとこちらを見た。
「レオン」
「うん?」
「あなた、最近……剣を振っているわね」
手が止まる。
「うん。騎士の人たちと」
母さまは、わずかに目を細めた。
「そう」
一拍。
「――基礎ができていないわ」
「え?」
思わず声が出る。
「当てているだけ。振り回しているだけ。そうでしょう?」
(……バレてる)
『指摘は正確です』
(フォローせえや!?)
母さまは立ち上がった。
「今日からやり直しよ」
*
中庭。
冷たい風が吹き抜ける。
僕は木剣を握っていた。
重い。
何度持っても、これは慣れない。
「構えて」
母さまの声。
言われた通りに構える。
「違う」
即答だった。
「足の幅。重心。全部ずれているわ」
(厳しない?)
『指摘精度:高』
(お前どっちの味方やねん)
「もう一度」
言われた通り、足を開く。
少しだけ、沈む。
「……そう」
今度は、止められなかった。
胸の奥が、少し熱くなる。
「あなたは当てることはできる」
母さまが言う。
「でも、それは“技”ではないわ」
(……技じゃない?)
『補足:現在は予測誘導に依存しています』
(言い方ぁ!!)
「基礎がなければ、いずれ崩れる」
静かな声だった。
でも、逃げられない。
「覚えなさい」
「……うん」
少しだけ、悔しい。
でも――
嫌じゃない。
*
午後。
「レオン!」
明るい声が響く。
振り向くと、ルシエラが手を振っていた。
淡い金色の髪が陽光を受けて揺れ、碧い瞳がまっすぐこちらを見ている。
ルシエラ・アルカディア=ルミナス。
王国最高位の魔法貴族――ルミナス公爵家の令嬢であり、
幼いながらも風と氷、二つの属性適性を持つ希少な魔導士だ。
将来、国家級の魔導戦力になるとも言われている。
……らしい。
(いや、そんな大層なやつやったんかお前)
『事実です』
(普通に遊んどるけどな)
「おはよう、レオン!」
「おはよう、ルシエラ」
それだけで、少しだけ心が軽くなる。
淡い金色の髪が光を受けて揺れる。
「ねえねえ、今日は何してたの?」
「剣の練習」
「すごい!」
『誇張率:42%』
(黙っとけ)
「基礎からやり直しだけど」
「それでもすごいよ!」
本気で言っている。
だから、少しだけ救われる。
「じゃあ私、魔法の練習する!」
「また?」
「また!」
胸を張る。
少し心配になる。
ルシエラは両手を前に出した。
小さな光が灯る。
揺れて――消えた。
「……あれ?」
(あ、これあかんやつや)
思わず笑いそうになる。
「笑ったでしょ!」
「笑ってない」
「絶対笑った!」
やり取りが、妙に楽しい。
*
夕方。
馬車が見えると、胸が少し静かになる。
「また来るよね?」
「うん。必ず」
ルシエラは満足そうに頷いた。
「約束だからね」
「うん」
*
夜。
ベッドに横になり、天井を見つめる。
(基礎、か……)
今日の言葉が、頭に残っていた。
目を閉じる。
暗闇の奥に、光が浮かぶ。
点と線。
繋がって、広がる。
(……なんやこれ)
『未解析構造体。観測継続中』
(お前でも分からんのか)
『はい』
少しだけ、安心する。
分からないのは、自分だけじゃない。
光はやがて消えた。
意識が沈む。
その奥で――
ほんの一瞬だけ。
“何か”が、こちらを見ていた。




