9話 激辛ラーメンでいいですか?
日本ってすごかったんだ……。
学食を食べた私は、祖国の味が恋しくなる。
厚切りのライ麦パン、灰色っぽい根菜の煮込み、硬い燻製肉の切れ端、なぞの白ソースがかかった魚。
静かにスプーンを置く。
肉は噛み切れないし、パンは口が渇きすぎる。
日本の学食で出したら、批判の嵐がきてもおかしくない。
「ふん。まあまあね」
隣のロリナが、パクパクと食事を口に運ぶ。
ここはレベルの高い学校だ。
学食としては、美味しい部類なのかもしれない。
「私の分も食べます?」
「いいの? 食べてあげないこともないわ」
「どうぞ」
トレーごと渡して、私は学食を後にする。
期待が大きすぎたのがいけなかった。
学食に日本クオリティを求めてはいけないんだね。
中庭に移動すると、地べたに座って商品の検索を行う。
ポータブル電源 25000P
ソーラーパネル充電 24000P
電気ケトル 2000P
ソーラーパネルは、ポータブル電源に充電できるタイプだ。
取り寄せ時は100%充電されてるが、使い終わった後に必要となる。
でも全部は買えない。
ひとまず、電源とケトルだけ買っておく。
41700P → 14700P
電源は今後も活躍しそうなので、先行投資ということで。
カップ麺 200P
ミネラルウォーター500ml 100P
プラスチックフォーク(100本) 400P
色んな商品の中から、定番のラーメンを取り寄せる。
電源にケトルを繋いでお湯を沸かす。
それを麺に注いで三分待つ。
「いただきまーす!」
手を合わせて、カップ麺をいただく。
汁を吸い込んだ、ほどよい硬さの麺が口の中を幸せにしてくれる。
ふわっと膨らむ卵、歯ごたえのあるエビ、指先ほどの甘塩っぱい肉。
全部が美味しい。
これを開発した日本に、敬意を表します。
「リナリー、ここにいたんだ」
すするのに夢中になりすぎて、フィロー王子の接近に気づかなかった。
「もがもが……!」
口いっぱいに入れすぎて喋れない。
なんて恥ずかしい女なんだ、私って。
「また不思議なの食べてるんだね!?」
フィロー様が少年のようなワクワクした目で見つめてくる。
「これはカップ麺と言います。麺や具を乾燥させて保存し、食べるときにお湯で戻すんです」
「すごい技術だ……ッ。これもニホン?」
「はい、日本が開発したものです。食品開発や物作りを得意とした国なんです」
「先進的な国だね……。僕も食べてみたい。売ってくれないかな?」
「承知しました」
もうフィロー様、太客ですね。
一万でどうかと打診されたので、ありがたく受け入れる。
カップ麺を購入し、お湯を注ぐ。
「————」
フィロー様は一度顔を上げ、虚空を見つめた後、すぐにまた無言で麺をすする。
麺料理自体はこちらにもある。
でもラーメンはさすがに初体験なはずだ。
はふはふ、としながら汁まで飲み干しててほっこりする。
「リナリー、僕は感動してるよ」
「お口に合ったようで嬉しいです」
「味も斬新なんだけど、お湯を入れるだけで、どこでも食べられることに。保存はどのくらい?」
「半年くらいです」
「信じられない技術だ……!」
「テイクアウト、いたしますか?」
ここぞとばかりに営業。
フィロー様も大喜びなので、押し売りってわけでもないよね。
今回は十個もお買い上げになってくれた。
安い袋を取り寄せ、その中に詰める。
「こちらもお付けします」
割り箸を十本、フィロー様に渡す。
「麺を食べるのに適しているカトラリーです。使い捨てで衛生的ですよ」
割ってみせ、使い方を簡単に教える。
「君は、僕の知らないことを教えてくれる」
「行軍や遠征の際も役立ちますよ」
「——ッ!?」
意表を突かれたといった様子で、フィロー様は目を丸くする。
すごく賢い人だし、そういったことも考慮していたはずだ。
「君には隠せないな。遠征もそうだし、災害の非常食にも良さそうだって考えていた」
「日本でも、そのように使われたりもします」
「……君とは、長い付き合いにしたい」
「今後もご贔屓に」
私としても王族の方と関係を持てるなんて最高だ。
ただ超イケメンの繰り出す穏やかスマイルは危険かも。
胸のドキドキが止まらない。
でも甘い時間は、長くは続かない。
急な寒気。
気づくと、ドライアイスの煙のようなものが立ちこめている。
「……魔法だ」
いち早く気づいたフォロー様が警戒態勢を取る。
その視線の先には……アレジオだ。
不機嫌そうに、こちらに歩いてくる。
「フィロー様、ここは教室にお戻りください」
「でも彼が……」
「平気です。二人きりの方が彼も落ち着きます」
「わかった。なにかあったら呼ぶんだよ」
そう言って、アレジオとは別の方向に去っていく。
非常にまずい。
アレジオは額に青筋を浮かべている。
「どうしてフィロー様は逃げた? やましいことがあるからだろう」
「殿下は商品を買いに来ただけです」
「商品、ね」
アレジオは少し考え込む。
引っかかることがあるらしい。
「君、本当にリナリーか?」
鋭い一言に、私は心臓をわしづかみにされる。
「……はい? 意味がわかりません」
「数ヶ月前に、死にかけてから性格が変わった。僕に対する反抗心が強すぎる」
生前のリナリーは、強気でガメつい私とは真逆の従順な感じだったのだろう。
彼のモラハラにも黙って耐え続けたのかもしれない。
「最近は変な物を出したり、収納魔法を使ったり。そんな力はなかったはずだ」
「死の淵で神様から神託されました。声も聞きました」
完全な嘘ではない。
アレジオも一応は納得した体を取る。
「ま、そういうことにしておこう。さて」
アレジオはなぜか財布を出した。
「フィロー様が購入したものを僕も買うよ。いや、彼より高い物がいい」
競争心に火がついたのだろう。
変に断るのは不自然になるため、検索でラーメンを探す。
条件はフィロー様より高いラーメンと。
超絶刺激号泣辛ラーメン 350P
条件は満たしている。
「12000リルになりますが、よろしいですか?」
「僕にとっては、端金もいいところさ」
では、これでいきましょう。
取り寄せてお湯を注ぐ。
真っ赤になったスープが怖い。
三分待ってアレジオに渡す。
「ラーメンという食べ物です。熱いのでお気を付けください」
「すごい色だ……。————ぶはっ!?」
食べた直後はそうでもないが、辛さは時間差で襲ってくる。
アレジオは舌を出して、ヒーハーと苦しそうだ。
「染みるぅぅ……。僕はいま、あのソドル家の馬鹿娘に殴られたせいで、頬の内側が傷ついてるんだぁ」
「なぜロリナさんに?」
「知らない。なんで髪がそんなにバサバサなんだと言ったら、急に殴られた」
いや、それが原因でしょう。
男尊女卑すぎて、アレジオはナチュラルに女性を見下すからね。
「でも僕は王子には負けないぞ。あんな恵まれた生まれの人には……!」
王族に対する嫉妬が原動力となり、彼は手を止めない。
鼻水がダラダラ垂れる様子に、さすがに忠告しておく。
「あの、もうやめた方が」
「でもフィロー様は全部食べたのだろう。だったら僕も完食する。
フィロー様はしょうゆ味でしたけどね……。
敵愾心むき出しで、アレジオは麺をすする。
途中で閃いたようで、掌に氷を出し、それを口の中に入れる。
「はひゅひゅ……。これならいきゃるぅ……」
もはやこの男、壊れているのでは?
辛ラーメンに負けないくらい顔を真っ赤にしながらも、アレジオは完食した。
「やった……やったぞ。僕は勝った……あいつに勝ったんだ……!」
涙ダラダラ状態で両手を挙げると、そのまま白目を剥いてぶっ倒れた。
口に手を近づけると、呼吸は確認できた。
「先、教室戻ってますね」
「ふひひ、ひひひ……」
目がいっちゃったアレジオを見下ろし、私は首を振る。
それはそうと、気になる発言があったよね。
思春期の女子に対して、見た目の悪口は本当に良くない。
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