7話 ツンデレって本当にいるんですね
屋内運動場の裏にある汚い飼育小屋。
鼻を塞ぎたくなるような刺激臭が、中から漂ってくる。
「中に入るぞ」
先生がドアを開けた。
私たちはハンカチで口元を押さえ、嫌々小屋に入る。
薄暗い中、藁の上でなにか蠢いている。
……大型犬くらい大きいネズミたちだった。
顔はまあまあ可愛いけれど、お尻のあたりが不自然に膨らんでいる。
「こいつらは、スカンクラット。特徴はこれだ」
近くにいた一匹のお尻を、先生が軽く蹴る。
ブフォ、と茶色いガスが噴射された。
「ぐええええ!?」
「くっさっ!? 腐った卵みたいな臭いする!?」
「目が、目が、目が痛てぇええ!」
もうね、阿鼻叫喚の地獄だよ。
硫黄と生ゴミと、十年履き込んだオジサンのパンツを煮詰めたような激臭が充満する。
あまりにもキツくて、使い捨ての安い鼻栓を取り寄せて装着した。
「こいつらは可哀想でな。世話係がまだ決まっていないんだよ。……さて、校庭にいくぞ」
全員が我先にと争いながら小屋を飛び出す。
外の空気がこれほど新鮮だったとはね……。
校庭でグロッキーに状態の生徒たちを見渡し、先生は楽しそうに話す。
「お前らの実力を測る時間だ。俺対Aクラスで戦う」
唐突で、私たちは動揺する。
「誰か一人でも俺の体に触れるか、一撃入れたらお前らの勝ちだ。逆に、俺に触れられた奴は脱落」
「僕らが負けた場合は?」
アレジオが質問すると、先生は意地悪な顔をする。
「お前ら全員で、あのスカンクラットの世話をしてもらう」
「なん……だと……?」
「一年間、毎日あれを浴びながら、餌やりと糞掃除だ。あのガスが直撃すると、三日は風呂に入っても消えない。Aクラス以外に恋人がいる奴は、いまの内に別れておけ」
ササァ……とみんなの顔から血の気が引いていくのがわかった。
悪魔だ。
この男は悪魔の生まれ変わりだッ!
「やめて……想像もしたくない……」
「あの臭い、耐えられねえよ……」
「や、や、殺るしかねえ! 殺ってでも勝つぞ!」
先ほどの衝撃体験が、私たちの闘争心に火をつけた。
待ち望んでたとばかりに先生が剣を抜く。
刃をわざと潰した模擬戦用のものだ。
「いつでもこい、Aクラス」
合図とほぼ同時、誰よりも早く飛び出したのはアレジオだった。
疾走しながら腰に差していた細身の剣を抜き放つ。
「先走らないでアレジオ……様! みんなで連携を……」
「静かにしろ、魔力1のリナリー! 未来の旦那様の姿を瞼に焼き付けるんだ!」
こっちの制止なんて聞きやしない。
刃に冷気を纏わせ、周囲の空気が凍てつかせる。
腹立つけど、氷魔法の優秀な使い手なんだよね。
「ハァァァッ——!」
「へえ、氷剣か。しかも太刀筋も悪くない」
アレジオの連撃は間違いなくすごい。
でも先生はダンスステップのような軽やかな動きですべて躱してしまう。
余裕綽々って感じに。
さすがのアレジオも焦りだし、振りが大きくなる。 そこを狙われた。
先生の剣柄が彼の脇腹に入った。
「生徒の中では、お前は相当強い。だが脱落」
「がっ……!?」
軽く入ったように見えたのに、アレジオが地面に転がって異常に痛がる。
あの先生、本当に怖い……。
Aクラス最強候補の一人があっさりと負けたことで、困惑が広がる。
「みなさん、これはチームワークを試されています。協力しましょう」
「死んでも嫌!」
私の提言を即座に否定したのはロリナだった。
メラメラと、手のひらに揺らめく炎を出しながら、彼女は目尻をつり上げる。
「魔力1のあんたになにができる? ドラゴンもいないのに」
「私も、少しは戦えます」
「協力して欲しいなら土下座の件、土下座して謝りなさいよ」
土下座合戦、始まっちゃうよ……。
プライドとネズミのガスが心の中で秤にかけられる。
結果が出る前に、他の生徒が騒ぎ出す。
「魔力1って足手纏いだろ。俺たちは好きにやらせてもらう!」
混乱した生徒たちが、一か八かで先生に特攻をかける。
そんな付け焼き刃が通じる相手じゃない。
先生はあくびしながら魔法を弾き、足払いを決め、生徒を次から次へと脱落させていく。
まだ五分も経っていないのに残りは二人だけ。
私とロリナだ。
「ハァハァ……なんでよ……」
炎魔法を連発してきたロリナの体力も限界が見えてきた。
「ソドル伯爵家のロリナか。炎の火力だけなら、Sクラスだ。アレジオと張り合えるぞ」
その優秀なロリナも魔力切れしそうだ。
個人差はあれ、魔力は体力よりは回復が遅い。
彼女の魔法が止まったとき、待ち受けるのは、異臭ガス地獄の一年間。
……嫌ァ。
私はプライドを捨て、ロリナに駆け寄る。
「聞いてください」
「邪魔しないで!」
「邪魔もしますよ! このままじゃ青春の365ページ、おならで埋まりますよ!」
「——ッァ!?」
この一言は効いたようで、ロリナのツンツンぶりが目に見えて弱まった。
可愛い顔がくしゃくちゃに歪む。
脳があのトラウマを再現しているのだ。
負けて、トラウマに負けて!
「……ど、どうすればいいっての?」
「いいですか、私が先生の隙を作ります。あなたは先生の死角に回り込み、私が合図したら、最速の魔法を撃つんです」
「あんたに、できるの? 魔力1のくせに」
「魔力1だから、勝てるんです」
ひとまず共闘成立。
せっかくなので、小声で一つ尋ねる。
「伝説の魔法使いが使ってた最強の魔法知りません?」
「最強って、メテオフォームとか? 隕石落とすやつ」
「助かります。始めましょう」
先生とロリナを結ぶ射線と、私の位置がずれるように動く。
息を吸って、詠唱の真似事をする。
「私がモラハラにあうとき——」
「詠唱か。聞けお前ら、詠唱は隙はできるが魔法消費量を抑え、発動の成功率を上げる」
詠唱の途中で授業始めるのやめてもらえます?
ごほん、と咳払いして続ける。
「神はその婚約者を許さないであろう。具体的には脳天に隕石を落とすであろう——メテオフォーム!」
「……たかが生徒に発動できるわけ……」
と言いつつ、念のため空をチェックする先生。
この隙にウインドウを出現させる。
高輝度タクティカルライト・ストロボ搭載R 150P(1分)
屋外でも通用する強い光だ。
無骨な懐中電灯のようなものが手に現れる。
高ルーメンで、本来は直視厳禁のライト。
「ハッタリにしても酷すぎ——うぉ、眩しっ!?」
先生が顔を下げたと同時に、私はライトを向けた。
さらにストロボの点滅機能も使う。
短時間で何度も激しく光るので、先生も目を開けていられない。
光の暴力。
「ロリナさん、いまです!」
先生の死角にいたロリナが魔法を撃つ。
「——フレイム・アロー」
炎の矢が打ち出される。
メジャーリーグのピッチャー並みに速い。
恐ろしいのは、先生はこれを視界を奪われながらもバク宙して躱した。
バ、バケモノかっ……!?
と焦ったけど、ロリナの一撃は届いていた。
先生の手の甲を掠め、わずかだが火傷を作った。
「ロリナさん、やりましたね!」
私は熱くなって叫ぶ。
先生は目を瞬かせて視力を回復させると、自分のズボンの手の甲を見た。
「そうか。だからロリナを死角に移動させていたのか……」
先生はロリナと私を交互に見て、苦笑を浮かべる。
「視界を奪われた時点で、俺の負けだったな。お前たちの勝ちだ」
笑顔でロリナを見ると、彼女も嬉しそうに口端をあげていた。
「ところでリナリー、あれって魔道具か?」
「それは、秘密です」
「まあ、いいだろう。合格には違いない。クラットの世話は免除してやる」
その言葉を聞いた瞬間、倒れていたクラスメイトたちがゾンビの如く起き上がった。
「助かったの……?」
「うんこ係、回避だ〜!!」
「ありがとう、ありがとう! 君たちは女神だ!」
とてつもない喜びようだ。
気持ちわかるけどね。
歓声と同時に、彼らの贈り物が表示される。
チャリン♪
感謝ポイント 1000P
チャリン♪
感謝ポイント 1300P
チャリン♪
感謝ポイント 1800P
押し寄せるようにポイントが入ってくる。
二千近い高額もある。
それだけ、あのネズミがトラウマだったのだ。
しめて約四万ポイント以上。
運用がだいぶ楽になる。
私はロリナにハイタッチを求める。
「やりましたね!」
「……別に、あたし一人でもいけたけど」
「一緒に戦ったし、私たちもう友達ですよ」
「友達とかいらないし」
口ではそういいながらも、ロリナは私の手をパチンと小さく叩いた。
そしてツインテールを揺らしながら校舎へ歩いていく。
素直じゃないんだから。
私の中ではもう戦友だよ。




