16話 そんな高く売れますか……
気を失って白目を剥くアレジオを放置して、私はアバイン先生に向き直った。
「——というわけで先生。学校には巨大な鳥の魔物が迷い込んだと誤魔化しましょう」
「誤魔化せるか! あんな厄災クラスのドラゴン、隠し通せるわけがないだろうがっ。それに、お前あのドラゴンと親しげに……まさか、リナリーが呼び出したのか?」
「違います! たまたま知り合いのドラゴンが、頼んでおいたお小遣い稼ぎの素材を届けてくれただけです」
「知り合いのドラゴン……!?」
先生は天を仰いだ。
考えることを放棄したように呆けている。
一気に老け込んだ気もする。
歳取らせてごめんなさい。
「それより先生。これ、サイクロプスっていう魔物らしいんですけど、解体できますか?」
「……サイクロプスだと? Aランク冒険者のパーティが束になってようやく倒せる化け物だぞ」
「目玉は両手両足など、使えそうなところだけ綺麗に取り出したいんです。先生、余った素材はお渡しするので手伝ってくれません?」
ダメ元で交渉してみる。
アバイン先生の目がピクリと動いた。
強い魔物なら、先生にとっても極上の素材だからだ。
「……こんな機会は滅多にない。解体の授業にするか」
「やったー!」
存外ノリの良い先生に、私は両手を挙げて喜ぶ。
先生はどこかウキウキした気分でクラスメイトを呼び戻すと、総出でサイクロプスの解体にうつった。
☆
放課後になると、私は王都の商業区にある、ギルドの巨大な買取所に足を運んだ。
先生に教えてもらった場所だ。
先生の技術や指導によって綺麗に解体されたサイクロプスの素材は、冷却袋に詰め込んでいる。
「すみませーん、素材の買取をお願いしたいんですけど」
カウンターにドンッ、と重たい袋を置く。
奥から出てきたのは、片目に傷のある強面のベテランっぽい鑑定士だった。
彼は私の学生服を細目で確認して、あからさまに面倒くさそうな顔をする。
「お嬢ちゃん、ここはスライムの粘液やら薬草やらを持ち込む場所じゃねえんだ。そっち用の買取所を教えてやるから——」
「これなんですけど」
追い返されそうだったので、先に袋の口を開けて話を強引に進める。
中身を出してみると、舐め腐っていた空気が一気に変わった。
彼は目を見開き、驚いて叫ぶ。
「これはぁっ!? 傷一つないサイクロプスの魔眼だと!?」
「さすがですね。すぐサイクロプスとわかるなんて」
「それに筋繊維も、斬られた断面が綺麗すぎる! い、一体どこのSランクパーティが討伐したんだ!?」
鑑定士の叫び声に、周囲にいた他の冒険者や商人たちも「いまサイクロプスと言ったか?」と一斉にこちらを振り返る。
「私も色々あるので事情は秘密です。それで、いくらになります?」
淡々と尋ねると、鑑定士はルーペを目に当て、震える手で素材を隅々まで確認し始めた。
そして、信じられないものを見るような目で私を見上げる。
「……金貨、150枚。いや、状態が良すぎる。この場で決断してくれるなら、1800万リルでどうだ!?」
「こ、交渉成立です」
ビビりながらも即答した。
——1800万リル!?
そんなにレアだったんだ、さすがアルミラ……。
いや、アルミラ様ッ。
思わず笑顔が漏れそうになるのを必死に堪える。
ちなみに通貨は、一番下が銅貨100リル。
銀貨1000リル、大銀貨1万リル、金貨10万リルだ。
白金貨1000万という桁違いのものもあるけど、こちらは簡単には手に入らない。
金貨180枚ともなれば、それだけで小さな家が建つほどの莫大な富だ。
「支払いはどうする?」
「現金でお願いします。あ、金貨100枚の袋と、80枚の袋に分けてください」
しばらくして、鑑定士の男からずっしりと重い革袋を二つ受け取った。
金貨が擦れ合う、ジャラッ……というゴージャスな音が鳴る。
耳に嬉しいね。
私は重たい袋を両手で抱え上げ、買取所を後にした。
向かう先は決まっている。
あの、忌々しい借金取りの商会だ。
☆
「おっ? これはフォルジアのドラゴン嬢ちゃんじゃねえか」
商会の入り口で、うちにも来た二人組の借金取りと遭遇した。
また誰かの取り立てにでも向かうところだったのだろう。
というか、ドラゴン嬢ちゃんってなんですか……?
「偉い人のところに案内してもらえますか。お金持ってきました」
「おぉ……。そういうことなら着いてきな」
彼に商会の応接室に案内してもらう。
中に入ると立派なソファーがあり、そこに初老くらいの男性がふんぞり返っていた。
長い白髪を後ろで結っており、葉巻を吹かす。
いかにもな感じの悪人面だね。
「こちらフォルジア家の令嬢です」
「ほう? 大借金落ちぶれ貴族の娘か。……ほうほう」
男はニタニタと下品な笑みを浮かべ、私の足元から顔までを舐め回すように見る。
品定めしているみたいで、不快感を覚える。
「これはいい……! かなり稼げる逸材だ。今夜から働けるか?」
「意味がわかりません」
「借金が返せないって泣きつきにきたんじゃないのか」
「逆です」
「逆ってどういう」
ドスゥンッ!
私は男の言葉を遮り、応接室の高級なテーブルの上に、革袋を思い切り叩きつけた。
ギシィとテーブルが悲鳴を上げ、革袋の口から黄金の輝きがこぼれ落ちる。
「……なっ!?」
男の顔から、一瞬で余裕の笑みが消え去った。
「とりあえず、1000万リルをお返しします。」
「せ、せんっ……!?」
男はソファーから転げ落ちるように立ち上がり、テーブルの上の金貨にすがりついた。
「ただの貧乏学生がこんな大金を……!?」
「数えてください」
私が見守る中、彼は金貨を数え始めた。
数はきちんと合っていたようだ。
「間違いなく、金貨100枚あるな」
「それでは返済の証明書を発行してください。誤魔化そうとしないでくださいよ」
強めに言っておく。
証明書をもらうなり、私は入り口に歩いていく。
「また近いうち、返しにきます。うちの両親を脅すような真似はやめてくださいね」
強めにドアを閉めて商会を後にする。
——あー、スッキリした。
大金返済するって、少し癖になりそう……!
とはいえ、前途は多難だ。
まだまだ完済には足りてない。
でもアルミラと感謝ポイントの力を使えば、きっと達成できるので諦めないでいこう。
さて、残りの800万リルと自分で稼いだ数十万もある。
これを元手にまた何か商売を始めるのもいいし、いざという時の逃走資金にもなる。
商会を出て、すっかり夕暮れに染まった王都の空を見上げる。
今日はリッチだし、美味しいものでも買って帰ろう。




