14話 夜会と折れてしまったヒール2
夜会の会場にきたはいいんだけど、そこでヒールを折った女性がいた。
アレジオが言うには、ロリナのお姉さんらしい。
止められたけど、私は我慢ができなかった。
「足首とか、怪我はなかったですか?」
お姉さんのところにいって尋ねる。
「ええ……足は大丈夫なんだけど、ヒールがね……。一度、退場するから」
「よかったら、私に直させてください」
「……え、この場で?」
「やってみますね」
しかしお姉さん、すっごく美人ですね!
髪色はロリナと同じで、スタイルが素晴らしい。
色気たっぷりで、それでいながら顔は清楚系という。
たまんねえぜ……じゅるる……。
とヤバい男なら思うでしょうな。
冗談はさておき、ヒールが折れたことは日本で何度も経験している。
まずは状態を確認。
「付け根が折れたみたいですね。ダボ(芯)は無事です」
高機能瞬間接着剤・工業用 1800P
接着剤用硬化促進スプレー 1000P
この二つを入手した。
瞬間接着剤の透明な液体を折れた断面に塗って、体重をかけて圧着してみる。
次に、スプレーを取り出す。
シュッ。
「それ霧? 不思議ね」
お姉さんと周りの人たちが驚いている。
「さっきのが接着剤で、これは硬くなる速度を早めるものです」
ヒールを持ち上げて確認すると、彼女が感嘆の声を漏らした。
「えっ!? もうくっついたの!?」
ざわめきが広がっていく。
周囲にいた人たちが興味深そうに寄ってきた。
「すごいな……。なんて魔道具なんだ?」
「どこで売っているの?」
矢継ぎ早に質問が飛んでくる。
「魔道具ではないですけどね。日本にいけば売っていますよ」
「ニホン……」
ちょっとした意地悪だよね。
だってこの人たち、さっきまで嘲笑していた側だもん。
さて、仕上げをしよう。
両面サテンリボン 900
ヒールの色に合わせた2cm幅のリボンを使う。
「履いていただけますか? リボンを使って固定します」
お姉さんが履いてくれたので、土踏まずの隙間にリボンの中央を通す。
左右の端を引っ張り上げ、足の甲できゅっと交差させる。
「動けるように、しっかり目に巻きます。痛かったら言ってくださいね」
「わかったわ」
さっきの状態からアキレス腱の側に回してもう一度交差させる。
最後は、綺麗な蝶々結びを足首の外側に作って完了だ。
「わぁ……素敵ね」
「これで歩き回るくらいは大丈夫ですよ」
「あなた、名前は?」
「リナリー・フォルジアと言います」
「私はイリーナよ。ありがとうリナリーッ! あなた優しいのね!」
お姉さんは満面の笑みで、私の手を握ってくる。
チャリン♪
感謝ポイント 1800P
ロリナは友達だからね。
お姉さんが困っているなら、もちろん助けますとも。
ニコニコしていたら、人当たりがいい人だと思われたらしい。
次から次に人が声をかけてくる。
「あの、このあとのダンス、一緒に踊っていただけませんか?」
「ぜひ、心優しい貴方とお話がしたいのです」
男性たちから誘いがきて、正直困る。
練習はしたけど、ダンスもあんまり得意じゃないしね……。
「言っておきますがね!」
怒声のような一声が会場に響く。
アレジオだった。
「彼女は、僕の婚約者なのですよ! それをダンスに誘うとはどういう了見ですか!?」
「そう言いますが、今日のダンスはパートナー以外と踊ることもできる形式ですよ」
「むしろ交流として、それが推奨されてもいます」
即座に反論されてしまう。
うわぁ、これはだいぶ恥ずかしい。
アレジオは顔を真っ赤にして動揺しつつ、私の隣にやってくる。
「それでも、婚約者としか踊りたくない人もいるでしょう! リナリーはそういうタイプですから!」
言い切った。
それどこのリナリーさんですか?
「そうなのですか、リナリーさん?」
どう答えるか迷ったが、素直な気持ちを伝える。
「アレジオ様も素敵なのですが、今回は交流を楽しみたいですね」
「「うぉおおおお!」」
皆さんが盛り上がる。
私の内心、同じテンションですよ。
アレジオと踊らなくて済みそうーっ!
ギリギリギリ……と凄まじい歯ぎしり音が隣から聞こえてくる。
怖いので目は合わせないで、この場を去った。
あちこち回って、料理を食べまくる。
さすがに貴族のパーティで出てくるのは美味しい。
「リナリーさん、ダンスが始まります。僕とお願いしますっ」
「俺が一番に予約してたんだ! 順番を決めよう」
男性陣が順番を決める間、ふと横を見ると遠くからアレジオがこちらを睨んでいた。
あの目、怨念を感じる……。
絶対になにか仕掛けてくるでしょ。
「いきましょうリナリーさん!」
一番目の人とダンスホールに繰り出す。
音楽隊の流す優雅な音を背景に、ステップを踏んでいく。
私は大した実力がないので、基本的な動作だけに集中する。
多くのペアが踊るホールは、ぶつからないように気が張るね。
「あっ、ぶつかる!」
私のパートナーが声をあげる。
なんだろうと思ったら、すぐに後ろに人がいた。
——アレジオだ。
「おっと、危ないー(笑)」
酷い棒読みで、私のドレスの裾を思い切り踏んできた。
おかげで体が引っ張られるが、服が破れなかったので体勢を保つことができた。
アレジオは『ビリッ』という音を期待していたのだろう。
でも破れない布を強く踏み込めばどうなってしあうか。
ツルツルの生地が摩擦をなくして、アレジオは氷上を歩いたように滑る。
「へ?」
彼の体が宙に浮いた。
踏ん張りがきかないせいで無様に体勢を崩し、近くの給仕が押していたワゴンに頭から突っ込んだ。
ガッシャアアアアン——!!
轟音に音楽隊も驚いて演奏をやめた。
踊っていた人たちも動作を止め、液体まみれになったアレジオに注目する。
ワゴンは、大量のスープを運んでいたのだ。
「……な、んで、破れないんだよ……!?」
アレジオは情けない声を漏らす。
確かに、こちらのドレスは破れやすい。
天然シルクや極細の綿を使うことが多いからだ。
それらは光沢や肌触りはいいけど、繊維としてはデリケート。
でも私のは合成繊維な上に、機械で隙間なく織り上げられている。
さらにサテン加工でツルツルでもある。
「プッ。あいつダサいな」
「ブスマン家の嫡子だったか? ワルツもまともに踊れないのかよ」
もう嘲笑の的だ。
この失態に、伯爵は遠くで激怒している。
『あらアレジオ様、素敵なステップですこと〜』と私も言ってやりたい。
でも我慢して、助けに入る。
「お怪我はありませんか、アレジオ様!?」
彼を抱き起こし、ハンカチを取り出して拭こうとした——そのとき。
「おい、あのハンカチの刺繍……!?」
「王家の紋章だぞ!?」
貴族たちが血相を変えて騒ぐ。
私もハッとした様子を演じて、ハンカチをスッとしまう。
「申し訳ありません。このハンカチは王妃様より賜った大切な物。婚約者とはいえ、スープを拭くのは不敬に当たってしまいます」
「き、君がどうしてそんな物を……痛っ。目に液体が染みる……誰か拭ってくれ!」
誰か助けてくれるかなと周りを見たけど、みんな関わりたくなさそうにしている。
アレジオ、足をバタバタさせすぎなんだよね。
死にかけの昆虫かっ。
「——この恥さらしがッ!」
怒髪天をついたブスマン伯爵が入ってきて、アレジオの首根っこを掴んで引きずっていく。
「待ってください父上、目が染みるのです……!」
「黙れ、もうこれ以上話すな!」
叱責されながら退場していく。
私もついていかざるを得ない。
「大変お騒がせしました」
優雅にカーテシーを決めて、何事もなかったかのように去っていく。
イリーナさんと目があったので、笑顔で会釈しておいた。
靴は大丈夫そうで安心する。
会場の外に出ると、アレジオが馬車の中に放り込まれるところだった。
「リナリー、馬車の中で覚えていろよ。説教してやる!」
やれやれ、またモラハラが始まりそうだ。
昨夜買ったボイスレコーダーを出して、録音ボタンをオンにした。
口端を上げ、軽やかな足取りで馬車に乗り込んだ。




