プロローグ
⋯⋯ああ、疲れた。
頼れる人が、本来の自分をさらけ出せる人が、誰もいない。学校で虐められていても、家で虐待されていても、誰にも相談できない。ちらりとスマホを見ても、俺のトーク画面は空だった。
死のう。思い立ち、寝不足で覚束ない足取りで屋上への階段を登る。誰の目にもつかないように、特別教科棟の。
すぐに屋上についた。夕日が眩しい。
死ぬ前に少しだけ、景色を見ようと思った。フェンスにもたれかかる。ギシッと大きな音がした。塗装が所々剥げていて、刺さって痛い。
ふっと周りの景色を見やる。遠くには、なだらかな山。昔、幼馴染といっしょに登ったことがある。途中で雨が降ってきて、二人ともびしょびしょになって帰った。帰ってから二人で母さんに叱られたっけ。今はもう、あの懐かしい声で叱られることすら無い。
屋上に来た頃にはまだ赤かった空が、少しずつ暗い色に染まっていく。世界では、今も時間が過ぎている。
フェンスに手をかけ、登ろうとしたその時だった。
「死ぬの?君」
急に上から声をかけられた。驚いて声のした方を見ると、フェンスの上に制服を着た女子生徒が一人いた。見覚えのない顔。さっき入ってきたときに、すでに居たか?そもそも、今は授業中のはずだ。なぜ今、こんな場所に?⋯⋯俺が言えたことではないか。
「はい。疲れたので」
「そう」
彼女はフェンスから降り、フェンスにもたれかかるような形で座った。
「死ぬのは、怖いよ?」
「このまま生き続けるよりも、ずっと怖くない」
そう言うと、彼女は眉をひそめる。
「例えばさ⋯⋯魔法使いがいたら、楽しいと思える?」
はっ、と鼻で笑う。子供じゃないんだ、そんな空想だけの存在、信じるわけがない。
「そうですね。本当に魔法使いが存在しているならば、生きる気も湧くかもしれませんが。あいにく、俺はそんなファンタジーな存在、信じてないので」
そう言って、俺はもう一度フェンスを登る。古いフェンスだ。登るだけでもギシギシと音がする。登り切ると、心地よい風が吹いた。こんな日に死ねるのは、悪くない。
フェンスの外は、小さな足場があるばかり。フェンスを握りながら出ないと立ち続けられない。下を見やると、コンクリートでできた水飲み場と校庭が見える。
顔を上げると、綺麗な夕日が見えた。その夕日に向かって、一歩踏み出す。
顔に強く風が当たる。やけに風の音だけが大きく聞こえた。目をつぶって強い衝撃を待つ。
しかし、いつまで経っても衝撃は訪れなかった。
恐る恐る目を開けると、2階ほどの高さから見た景色が見える。それと同時に、襟や裾が食い込む感覚がする。痛い。
⋯⋯いや、どういうことだ?俺は確かに飛び降りたはずなんだが。困惑していると、上から声が降ってきた。
「『魔法使い』が存在しているんだったら、生きる気が湧くんだろう?」
ああ。そうか。そういうことか。
「この私が、魔法使いだ」
彼女はニヤッと笑い、
「まだ、君の人生は終わらせないぞ?」
そう言ってのけた。




