無自覚な露出
試着室に入ったイザヨイは、手渡された装備一式を前にして小さく息をついた。
チュニックに革の胸当て、膝下丈のパンツにブーツ。
実用性重視の地味なデザインだが、森の中を動き回るには最適解だろう。
「よし、ちゃちゃっと着替えてさっさと行こう。……って、ん? これちょっとキツくないか?」
上着に袖を通し、胸元の紐を締めようとした瞬間、イザヨイの手が止まる。
布地が悲鳴を上げている。
肩や腕周りはぴったりなのに、胸の部分だけがどうしても閉まらない。
無理やり引っ張れば弾け飛びそうな張り詰めた感触。
「うわ、マジかよ……。これでも大きいサイズだったはずなのに」
イザヨイは呆然とした。白く滑らかな肌に、布が食い込んでいる。
キャラクリエイトで魔が差して最大サイズに設定した豊満な双丘が、自己主張を激しくしていた。
これでは動くどころか呼吸すらままならない。
「仕方ない、もう一度サイズを選び直してもらおう」
イザヨイは試着室のカーテンを少しだけ開け、顔を覗かせた。
待っていた三人が一斉に振り向く。
「あ、あの……すみません。ちょっとサイズが……」
そこには、困り顔のイザヨイが立っていた。
だが、その姿は彼らの予想を遥かに超えていた。
新しい服を着て出てくると思いきや、イザヨイの身を包んでいるのは、白磁のように滑らかな肌を際立たせる純白の下着のみ。
しかも、キャラクター作成時に「どうせ見えないから」と遊び心で選んだ、レースの装飾が施された際どいデザインのものだ。
豊かな胸の谷間、くびれたウエスト、そしてすらりと伸びた美脚が、惜しげもなく晒されている。
手には、サイズが合わずに入らなかったズボンとチュニックが握り締められていた。
「入らなかったんです! 胸がきつくて……」
イザヨイは無邪気に訴える。
だが、その言葉が男たちの脳に届く前に、視覚情報が全てを遮断した。
ボルグは口をあんぐりと開けたまま石像のように固まり、クローザーに至っては顔を真っ赤にして鼻血を吹き出しそうになりながら、慌てて後ろを向いた。
「ぶふっ……!?」
「な、ななな……ッ!?」
「きゃあああっ! イザヨイちゃん!?」
シエルが悲鳴のような声を上げ、瞬時にイザヨイの前へと飛び出した。
両手を広げ、無防備すぎるその肢体をボルグたちの視線から必死に隠そうとする。
「な、なにしてるのよあんたたち! 見ちゃダメ! 絶対に見ちゃダメーッ!」
「い、いや、俺は見たくて見たわけじゃ……!」
「う、うるさい! こっち見ないで!」
シエルの剣幕に押され、ボルグとクローザーはしどろもどろになりながら、壁の方へと逃げていく。
その背中からは、尋常ではないほどの熱気が立ち上っているようだった。
(ん? どうしたんだろう。そんなにサイズ合わないのが変か?)
そのあまりの動揺ぶりに、イザヨイは首を傾げた。
「な、何やってるのよもうっ! そんな格好で出てきちゃダメでしょ!?」
「え? いや、着替えようとしたらキツくて……サイズ交換してもらおうかと」
「だとしても! もっと隠すとか、声をかけるとかしなきゃ! ここは男の人もいるのよ!?」
シエルの顔も耳まで真っ赤だ。必死な様子に、イザヨイはようやく事態を把握し始めた。
(あっ……そうか……。今の俺は女なんだ……)
イザヨイは自分の身体を見下ろした。
(男だった頃の感覚で、更衣室で着替えるノリのまま出ちゃった……)
しかも、今の自分は誰もが振り返るような絶世の美少女アバターだ。
白い肌、豊かな膨らみ、そして可愛らしい下着。そんな存在が、下着姿で男の前に現れればどうなるか。
ゲームならサービスシーンで済むが、ここは現実。
貞操観念というものが存在する世界なのだ。
サーッと血の気が引いていくのが分かった。
ゲーム内では装備の試着など日常茶飯事であり、下着姿になることへの抵抗感が薄れていたのが仇となった。
いや、それ以前に「中身は男だから恥ずかしくない」という無意識の思考が、羞恥心のブレーキを壊していたのだ。
「ご、ごめんなさい! 私、つい……!」
「もう! イザヨイちゃんったら、自分がどれだけ魅力的か分かってないの!?」
シエルは怒っているが、その瞳には呆れと同時に、どこか羨望のような色も混じっていた。
素早く店内を見回し、ワンサイズ大きい服を引っ掴んでイザヨイに押し付けた。
「ほら、これなら入るはずだから! 早く着て! もう二度とあんな格好で出てきちゃダメよ!」
「はいっ! すいませんでした!」
イザヨイは脱兎の如く更衣室へと戻り、勢いよくカーテンを閉めた。
「もーっ! 信じられない! ボルグ、クローザー! あなたたちも見ないでよ!」
「み、見てねぇよ! ……あー、いや、すまん! 不可抗力だ!」
「……俺もだ。悪かった」
数分後、今度こそサイズぴったりの冒険者服に身を包んだイザヨイが、恐る恐る顔を出した。
地味な茶色のチュニックとズボンだが、それが逆に素材の良さを引き立てている。
「……お待たせしました。どう、ですか?」
イザヨイが恥ずかしそうに尋ねると、壁に向かって正座していたボルグとクローザーが、ギギギと錆びついたような動きで振り返った。
その顔はまだ少し赤い。
「お、おう……似合ってるぜ……」
「……うん。悪くない」
ボルグとクローザーが、どこかぎこちなく褒めてくれる。
二人の視線は泳いでおり、直視できない様子だ。その視線が、心なしかさっきよりも熱っぽく感じられたのは気のせいだろうか。
シエルだけが「やれやれ」といった顔で苦笑していた。
「うん、これなら大丈夫ね。さっきのことは……まあ、事故ってことで忘れましょ!」
「は、はい……忘れてください、お願いします」
イザヨイは消え入りそうな声で懇願し、深く反省した。
美少女としての自覚を持つこと。
それが、この世界で生き抜くための、剣の腕よりも重要なスキルなのかもしれないと、痛感する出来事だった。




