氷の魔女
「ええっ!? あの子が『氷の魔女』!?」
イザヨイはあまりの衝撃に、頼んだ肉料理のことも忘れ、ガタッと椅子を蹴立てて立ち上がった。
そして、迷うことなくそのツインテールの少女のテーブルへとズンズンと歩み寄る。
「あの、ちょっといいですか?」
「何よ!」
イザヨイが上から声をかけると、怒りで顔を真っ赤にしていた少女が勢いよく振り向いた。
だが、少女の視線はイザヨイの顔には向かなかった。
座っている少女が、背の高いイザヨイを見上げる形になる。
当然、その視線の真正面には――『星屑の聖衣』のコルセットで限界まで押し上げられ、はち切れんばかりに主張する、イザヨイの圧倒的で暴力的な双丘が存在していたのだ。
「なっ……!?」
少女はカッと目を見開き、口をパクパクさせた。
彼女自身の胸元は、見事なまでに平坦な「真っ平ら」である。その圧倒的な格差と、顔の真ん前に迫る極上のメロン二つに、Aランク冒険者の威厳もへったくれもなく、完全に言葉を失って硬直してしまった。
「もしもーし? 聞いてます?」
イザヨイが顔の横で手をヒラヒラさせると、少女はハッと我に返り、耳の先まで真っ赤にして飛び退くように椅子から立ち上がった。
「き、聞いてるわよ! な、なによ急に! 文句があるなら聞きなさい!」
少女は動揺を隠すように、やけに大きな声でふんぞり返った。
「いや、文句じゃなくて……。もしかして、あなたが本当に、この街を魔物から守ってくれたAランク冒険者なんですか?」
「フフン!」
少女は鼻を鳴らし、これ以上ないほどのドヤ顔を作った。
「その通りよ! わたしはAランク冒険者の『シルフィア』! この天才魔導士シルフィア様が、何十匹もの魔物を魔法でカチンコチンにしてあげたおかげで、この街は救われたのよ! 感謝しなさいよね!」
その声は店内に響き渡り、周囲の冒険者や村人たちがザワザワと騒ぎ始めた。
「シルフィアって……おい、まさか……!」
「じゃあ、本当にあの方が『氷の魔女』様なのか……!」
「ふふんっ!」
シルフィアは両手を腰に当てて、さらにふんぞり返る。
(ふふっ、みんなもっと私を崇めなさい! この凄さが分かったなら、早く最高級のお酒とお肉を持ってきなさいよね!)
シルフィアは目を閉じ、これから降り注ぐであろう称賛の嵐と感謝の言葉を、優越感に浸りながら待っていた。
すると、一人の女性が涙ぐみながら、小走りでテーブルの方へと近づいてきた。
「ああ……! あなたが、この街を救ってくださった、あのシルフィア様ですね!?」
「ええ、そうよ! わたしこそが……」
シルフィアが自慢げに目を開けて答えようとした。
だが……
女性はシルフィアの真横を完全にスルーし……
「……え?」
真っ直ぐに――イザヨイの手に縋り付いたのだ。
「ありがとうございます! 本当に、ありがとうございます、シルフィア様!」
「えっ!? いや、私……!」
イザヨイが目を丸くして固まっていると、女性の声を聞きつけた他の客たちも、次々と席を立って押し寄せてきた。
「おおお! この方が氷の魔女様か!」
「なんてお美しい……! しかも、あんなに強いだなんて!」
「シルフィア様! 俺たちと一杯飲んでください!」
「女神様バンザイ!!」
「えっ!? ちょっと、あの、皆さん誤解してます! 私じゃなくて!!」
イザヨイは押し寄せる群衆に揉まれ、豊満な胸がブルンブルンと揺れるのを隠しながら必死に否定しようとするが、歓声にかき消されて全く届かない。
当然だ。
『絶大な魔力で街を救った凄腕のAランク女魔導士』。
人々の頭に思い浮かぶそのイメージと、『星屑の聖衣』という豪華絢爛なドレスを着て、神秘的な銀髪と絶世の美貌(おまけに巨乳)を兼ね備えたイザヨイの姿は、あまりにも完璧に一致しすぎていたのだ。
足元で顔を真っ赤にして地団駄を踏んでいる、杖を持ったツインテールの幼女(本物のシルフィア)のことなど、誰も視界に入っていなかった。
「ちょ、ちょっとアンタたち!! 目ぇついてんの!? そのでっかいおっぱいの女はシルフィアじゃないわよ!!」
シルフィアが半泣きになりながら、背伸びをしてぴょんぴょん飛び跳ねる。
「わたしよ! わたしが本物の氷の魔女、シルフィア様なのよ!! こっち見なさいよぉぉぉっ!!」
本物のAランク冒険者の怒号は、熱狂する群衆の「美しき魔女様コール」の前に、悲しいほど虚しくかき消されていくのだった。
「本当に助かりました! シルフィア様」
「いやだから、私はイザヨイで……っ!」
「キーーーッ!! 無視すんなぁぁぁっ!!」
イザヨイは冷や汗を流す。
(これは……絶対に後で恨まれるやつだ……)
と、危機察知能力をビンビンに反応させて苦笑いするしかなかったのである。




