服選び
冒険者ギルドを出て、賑わう通りを歩く。
先頭を行くボルグの背中は大きく頼もしさを感じさせるが、その横には不自然なほど華やかな銀髪の少女が一人。
イザヨイに向けられる街の住人たちの視線は相変わらずだが、本人はシエルとクローザーの二人に挟まれながら、興味深そうに周囲の店を眺めていた。
「よし、ここだ。武器と防具ならこの店が一番だぜ」
ボルグが足を止めたのは、軒先に使い込まれた盾や剣が吊り下げられた、いかにも頑丈そうな石造りの建物だった。
「いらっしゃい! おや、ボルグじゃないか。今日は何の用だ? 斧のメンテナンスならまだ早いぜ?」
「おう、親父。今日は俺じゃなくて、この新入りのお嬢ちゃんの装備を見繕いに来たんだ」
ボルグが親指でイザヨイを示すと、店主のドワーフ族と思しき髭面の男性が目を丸くした。
ボルグがイザヨイの肩に手を置き、並んでいる杖や短剣を指差す。
どれも鉄製や木製の実用重視なものばかりで、お世辞にも華やかとは言えない。
だが、その武骨さが、逆にプロの道具としての信頼感を醸し出している。
「ほぅ……? こりゃまたとんでもない上玉だなぁ。こんな綺麗な嬢ちゃんが冒険者になるってのか?」
「ああ。で、とりあえず武器だな。イザヨイ、お前何か得意な武器はあるのか? 剣か? 槍か?」
「あ、武器なら大丈夫です。自分のを持っているので」
「自分の? どこにあるんだ?」
ボルグが不思議そうに眉を寄せる。
シエルとクローザーも、イザヨイの手元に視線を落とす。
華奢な指には何も握られておらず、腰に下げているのも小ぶりなポーチくらいだ。
スカートの下に隠せるような大きさでもない。
当然の疑問だ。
「えっと、ここです」
イザヨイは平然とした顔で右手を横に突き出すと、何もない空間からズルリと一本の剣を引き抜いた。
空気が揺らぎ、光が歪む。
まるで次元の狭間から取り出すような不可思議な現象に、周囲の音がフッと遠のいた。
「な……っ!?」
「ええっ!?」
「……マジかよ」
三人同時に、声にならない声を漏らして目を見開く。
イザヨイの手の中に現れたのは、刀身全体が漆黒に染まり、刃先だけが不気味な紫色に発光する禍々しい剣だった。
それは『ネメシスソード』という剣だ。
中二病全開なネーミングと見た目だが、かつてのイベント限定アイテムで、性能はそこまで良いわけではない。
だが、そのヴィジュアル系バンドも真っ青なデザインは、イザヨイのお気に入りコレクションの一つだった。
オーガ程度ならこれでも過剰火力だ。
「こ、これは……収納魔法か!?」
ボルグが目を白黒させながら叫ぶ。
シエルは口元を押さえ、クローザーも動揺を隠せないでいた。
(しまった……)
イザヨイは内心で舌打ちする。
この世界におけるインベントリのような機能は、この世界の人達には使えないのであろう。
「あ、はい! そうです! 家伝の秘術みたいなもので、ちょっとした小物くらいならしまっておけるんです! 収納魔法……のようなものです」
「すげぇな……! 収納魔法なんておとぎ話でしか聞いたことねぇぞ!」
「すごいわイザヨイちゃん! 見た目だけじゃなくて、実力も本物だったのね!」
「……驚いた。剣も使えるのか?」
クローザーの冷静なツッコミに、イザヨイは冷や汗をかきながらも、ネメシスソードをブンと一振りしてみせる。
「護身用ですよ。魔法が切れた時のために、少しだけ嗜んでまして」
「なるほどな。ま、得物があるなら話は早い。次は防具だ」
ボルグは納得したように頷き、隣の防具コーナーへと移動する。
そこには革鎧やチェインメイル、ローブなどが所狭しと吊るされていた。
「悪いが、そのヒラヒラのドレスで森に入るのは許可できねぇ。すぐ破けるし、動きにくいだろ」
「そうね。イザヨイちゃんの可愛さは十分伝わってるから、今度は実用的なのを選びましょ?」
「うぅ……やっぱりダメですか、この服」
「ダメに決まってるでしょ! ほら、あっちに初心者用の革鎧とか、丈夫な服があるから見てみましょ」
シエルが楽しそうに、シンプルなデザインのチュニックと革製の胸当て、それに丈夫な綿のズボンを手に取る。
色はカーキ色や茶色など、森の緑に溶け込む迷彩色だ。
冒険者としては至極真っ当な選択肢である。
「これなんかどう? サイズも合いそうだし、動きやすくて丈夫よ」「あ、いいですね。これなら木登りしても大丈夫そうです」
イザヨイは渡された服を身体に当ててみる。
確かに地味だ。
さっきまでの煌びやかなドレスとは雲泥の差だが、逆にそのギャップが新鮮でもある。
鏡に映った自分の姿は、どこにでもいそうな村娘Aといった風情だが、素材の良さが隠しきれていない。
中身が男のイザヨイとしては、むしろこっちの方が落ち着くかもしれない。
「似合ってるじゃねぇか! よし、これに決まりだな!」
ボルグが太鼓判を押すが、そこで重大な問題に直面する。
「あの……すみません。私、お金を一銭も持ってなくて……」
イザヨイは申し訳なさそうに眉を下げ、財布の代わりである空っぽの手のひらを見せた。
串焼き代すらないのだから、当然、装備品を買えるはずもない。
「あー……そうだったな。すっかり忘れてたぜ」
「じゃあ、これは私たちがプレゼントするわ! パーティ加入の記念ってことで!」
シエルがポンと手を叩き、満面の笑みで提案する。
「えっ、でも……悪いですよ。まだ何も貢献してないのに」
「いいってことよ! 出世払いで構わねぇ。それに、仲間が裸同然で戦場に出るのを見過ごすわけにはいかねぇからな」
顔を上げると、ボルグがニカッと笑っていた。
クローザーも無言で頷き、シエルは嬉しそうにイザヨイの肩を抱く。
「そうよ! これから一緒に命を懸ける仲間になるんだもの。これくらいの先行投資はさせてちょうだい」
「新人への祝いだと思って受け取れ。それに、そんなヒラヒラした格好で歩かれると、俺たちの集中力が削がれるからな」
「ちょ、クローザーったら! でもまぁ、その通りかもね。イザヨイちゃん、可愛すぎるんだもん」
「……受け取っておけ」
クローザーもぶっきらぼうながら、財布から銀貨を取り出して店主に渡している。
三人の温かい眼差しに、イザヨイの胸にじんわりとしたものが広がる。
ゲーム内では効率重視のギスギスした野良パーティも多かったが、この世界の人々はどこまでも温かい。
「ありがとうございます……! 大切に使わせてもらいます!」
「おう! 似合ってるぜ、イザヨイ!」
「ふふ、着替えたらもっと可愛くなるわよ。あっちの試着室、使ってきていいわよ」
シエルに背中を押され、イザヨイは新しい服を抱えて店の奥へと向かう。
カーテンの向こうで着替えながら、イザヨイは小さく呟いた。
「……なんか、いい人たちだな。絶対に守ってあげなきゃ」
三人の温かい言葉に、イザヨイは胸が熱くなるのを感じた。
(ゲーム時代、初心者支援で装備を配ったことはあったけど、まさか自分が支援される側になるとは……。しかもこんなにも人間味あふれる優しさを持っているなんて)
新しい服を受け取り、更衣室へと向かうイザヨイの足取りは、先ほどよりもずっと軽やかだった。




