依頼探し
冒険者ギルドの扉を再び押し開ける。
途端に、店内の空気が一瞬で張り詰めたものへと変わったのが肌で感じ取れた。
酒を呷っていた男たちが手を止め、談笑していた女冒険者たちが口をつぐむ。
視線の集中砲火。
さっきよりも熱を帯びている気がするのは気のせいだろうか。
ヒソヒソ話が聞こえてくるが、イザヨイは悠然と、あくまで優雅にその場を通り抜けた。
(注目されるのは、廃ゲーマー時代からの慣れっこだ)
薬草採取、ドブネズミ退治、迷い猫の捜索。
どれもこれも報酬は銅貨数枚から銀貨一枚程度。
串焼き一本が銅貨五枚だったことを考えれば、宿代を稼ぐには効率が悪すぎる。
(もっと割のいい仕事はないか……? 手っ取り早く、高額な報酬が手に入るやつ)
白魚のような指先で依頼書を捲っていく。
その時、一枚の羊皮紙が目に留まった。
『オーク討伐依頼。場所は西の森。推奨ランクC以上。報酬:金貨二枚』
「金貨、二枚……!」
イザヨイの瞳がカッ開かれた。
銅貨、銀貨、そして金貨。
レートは不明だが、ゲームの常識で考えれば、銅貨百枚で銀貨一枚、銀貨百枚で金貨一枚というのが相場だ。
つまり、あの美味なる串焼きが何千本も買える計算になる。
これだ。これしかない。
「よし、これに決めた」
イザヨイは迷うことなくその依頼書を剥ぎ取ると、カウンターへと向かった。
受付には先程の女性職員が座っている。
彼女はイザヨイが近づいてくるのを見ると、パッと顔を輝かせたが、手に持っている依頼書を見た瞬間、その表情を凍り付かせた。
「あの、すみません。この依頼を受けたいんですけど」
「えっ……? い、イザヨイ様!? ちょっと待ってください、その依頼は……!」
受付嬢は慌ててカウンターから身を乗り出し、イザヨイの手元にある羊皮紙を確認する。
そして、信じられないものを見るような目で、銀髪の美少女を見つめ返した。
「こ、これは『オーク討伐』ですよ!? しかも西の森の奥深くに生息する群れの!」
「はい、そう書いてありますね。報酬も良いですし、ちょうどいいかなって」
「ちょうどいい!? とんでもないです! イザヨイ様はまだ登録したばかりのEランク冒険者なんですよ!? この依頼はCランク、それもパーティでの受注が推奨されている危険なものなんです!」
受付嬢の剣幕に、イザヨイはきょとんと小首を傾げる。
周囲の冒険者たちも「おいおい、正気かよ」「自殺志願者か?」とざわつき始めた。
しかし中身のステータスはレベル200のカンスト廃人。
オークごとき目を瞑っても倒せる自信がある。
だがこの世界のシステム上、自分はひよっこ扱いなのだということを失念していた。
「でも、私なら大丈夫ですよ? 魔法には自信がありますし、これくらいならすぐに終わると思いますけど」
「だ、ダメです! 絶対に許可できません! いくら強くても、実戦経験のない新人が行っていい場所じゃありません! オークは……その、女性にとっては特に危険な魔物なんですから!」
受付嬢は顔を赤らめながら、必死に説得を試みる。
オークという魔物が、ファンタジー作品において女性キャラに何をするか、それはある種の『お約束』だ。
だがイザヨイにとってオークは単なる経験値とドロップアイテムの塊でしかない。
「うーん、困りましたね……。私、どうしてもお金が必要なんです。今日寝る場所もないくらいで」
イザヨイは眉をハの字に下げ、潤んだ瞳で受付嬢を見つめた。
(あざとい……自分でも引くくらいあざとい演技だけど、背に腹は代えられない)
その破壊力は凄まじく、受付嬢は「うぅっ」と声を漏らしてぐらついた。
「そ、それは……なんとかしてあげたいですけど、死なせるわけには……」
「お願いします。私、本当に強いんです。試しに受けるだけでも……」
「いけません! 規則は規則です!」
押し問答が続くかと思われた、その時だった。
ドスン、という重い足音が背後から響き、巨大な影がイザヨイを覆い隠した。
「おいおい、受付嬢ちゃんを困らせるんじゃねぇよ、お嬢ちゃん」
野太く、低い声。
振り返ると、そこには身長二メートルはあろうかという巨漢の戦士が立っていた。
背中には身の丈ほどもある巨大な戦斧を背負い、顔には歴戦の証とも言える傷跡が走っている。
威圧感だけで言えば、オークよりも遥かに恐ろしい風貌だ。
「……何か用ですか?」
イザヨイが物怖じせずに見上げると、巨漢の戦士は鼻を鳴らして呆れたように肩を竦めた。
「用があるのはそっちだろ。聞こえてたぜ、オーク退治に行きてぇんだって? 死に急ぐにも程があるぞ」
「死ぬつもりはありません。お金がないので、稼ごうと思っただけです」
「ハッ、金があっても命がなきゃ使えねぇだろ。いいか、オークってのは群れで狩りをする。お前みたいな細腕の女が一人で行っても、囲まれて嬲り殺しにされるのがオチだ。……それとも何か? オークの慰み者になりたいっていう特殊な趣味でもお持ちか?」
下品な物言いに、イザヨイは眉間をピクリと動かした。
だが、男の瞳に宿っているのは侮蔑ではなく、無知な新人への忠告の色だ。
言葉は粗野だが、根は悪い奴ではないらしい。
「趣味じゃありません。ただの生活費稼ぎです。……それに、私は本当に強いので」
イザヨイは一歩も引かず、男の目を真っ直ぐに見据えた。
その瞳の強さに、男は一瞬だけ虚を突かれたような顔をした後、ニヤリと口角を上げた。
「……へぇ、いい目をしてやがる。ただの世間知らずの腰抜けじゃあなさそうだ」
男はガシガシと剛毛の頭を掻きむしり、大きなため息を一つ吐いた。
「わかったよ。そこまで言うなら、一つ提案がある」
「提案?」
「ああ。俺たちもちょうど、そのオーク退治の依頼を受けるつもりだったんだ。……どうだ? 俺のパーティに入らねぇか?」
「えっ……」
予想外の言葉に、イザヨイは目を丸くした。
男はニカッと笑い、親指で自分の胸を指差す。
「俺は『剛斧のボルグ』。ランクはBだ。お前一人で行かせるよりは、俺たちが面倒見た方が生存率は上がる。報酬は頭割りになっちまうが、死ぬよりはマシだろ?」
「……なるほど。確かに、パーティなら文句はないはずですね」
イザヨイはチラリと受付嬢を見る。
彼女はホッとしたように胸を撫で下ろし、何度も頷いていた。
「ボルグさんのパーティなら安心です! 彼らはこの辺りでも手練れですから。……イザヨイ様、どうか彼らと一緒に行ってください。ソロでの許可は絶対に出せませんが、これなら特例で認められます!」
「……わかりました。お世話になります、ボルグさん」
イザヨイはペコリと頭を下げた。
報酬が減るのは痛いが、このまま依頼を受けられずに路頭に迷うよりは遥かにマシだ。
それに、この世界の冒険者がどの程度の実力なのかを知るいい機会でもある。
「おう、決まりだな! 歓迎するぜ、イザヨイ!」
ボルグはバシッとイザヨイの背中を叩こうとして、その華奢さに気付いたのか、寸前で手を止めて空を切った。
「おっと、悪ぃ。いつもの癖で叩き潰すとこだった。……とにかく、話はまとまったな。俺の仲間を紹介してやる。あっちのテーブルだ」
「はい。よろしくお願いします」
イザヨイはスカートの裾を払い、ボルグの後に続いて歩き出した。
周囲の冒険者たちからは、
「おいおい、ボルグの旦那、あんな美少女を連れて行くのかよ」
「役得じゃねぇか」
「いや、足手まといだろ……」
といった声が聞こえてくるが、今は無視だ。
(さて、どんな面子が待っているのやら。……ま、いざとなったら俺が全部片付ければいいだけの話だ)
銀髪を揺らし、不敵な笑みを心の内に隠して、イザヨイは新たな仲間たちの待つテーブルへと向かうのであった。




