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動揺する衛兵

 街道を歩き続けること、体感にして一時間ほどだろうか。

 緩やかな丘を越えた先に、突如として巨大な石造りの城壁が姿を現した。

 日差しを浴びて白く輝くその壁は、かなりの規模を持つ都市であることを示唆している。


「……でかっ。こんな立派な街が近くにあったのか」


 ゲーム内では何度も大規模な攻城戦イベントに参加したことがあるが、VRの画面越しに見るのと、実際に自分の足で見上げるのとでは迫力が段違いだ。

 だがその威容に圧倒される一方で、奇妙な違和感が胸をざわつかせる。


「見覚えがないな……。マップの配置的に、こんな場所に大都市なんてあったか?」


 記憶にあるワールドマップを脳内で展開してみるが、該当する都市は見当たらない。

 拡張エリアだろうか。それとも自分の記憶違いか。

 疑問を抱えたまま、重厚な鉄格子が上がった城門へと近づいていく。

 門の前には、革鎧に身を包み、槍を手にした二人の衛兵が立っていた。

 イザヨイの姿を認めるなり、彼らの肩がビクリと跳ねるのが見えた。


「と、止まれ! 何者だ!」

「この先は重要都市だ。身分証の提示を……願う!」


 制止の声がかかる。

 当然の対応だと思い、イザヨイは足を止めた。

 しかし、どうも衛兵たちの様子がおかしい。

 槍を構える手つきはしっかりしているのに、視線がどこか泳いでいる。

 直視できないと言わんばかりに目を逸らしたり、かと思えばチラチラとこちらの顔や身体を盗み見たりと、挙動不審極まりない。


(なんだこいつら。俺、なんか変な装備してるか? ……いや、見た目は普通の装備だし、モンスターの返り血を浴びてるわけでもないはずだけど……)


 自分の格好を見下ろしてみる。

 ヒラヒラとしたスカートに、華奢な身体のラインを強調するコルセット。

 露出度は高いが、ファンタジー世界なら許容範囲のデザインだ。

 まさか指名手配犯と間違われているわけでもないだろう。


「あの、身分証と言われましても、実は持ち合わせがなくって……」


 イザヨイは困ったように眉を下げ、上目遣いで衛兵たちを見上げた。

 意識してやったわけではない。

 ただ、身長差のせいで自然とそうなってしまっただけだ。

 だが、その仕草が彼らにどのような破壊力をもたらすか、中身が男であるイザヨイには知る由もなかった。


「うっ……! も、持ち合わせがない、だと……?」

「そ、そうか。旅の途中で失くしたとか、そういう事情か……?」


 右側の衛兵が顔を真っ赤にして口ごもる。

 左側の衛兵に至っては、咳払いをしながら露骨に視線をイザヨイの胸元から顔へと彷徨わせていた。

 銀色の長髪が風になびき、整いすぎた美貌が陽光に晒される。

 絶世の美少女が、心細げに立ち尽くしている。

 その構図は、屈強な男たちの庇護欲を刺激するには十分すぎる劇薬だった。


「目が覚めたら森の中にいて……自分がどこにいるのかもよく分からないんです。ここがなんていう街なのか教えてもらえませんか?」


 あざといか? と思いつつも、猫なで声を出す。

 情報はタダでは手に入らない。

 ここは「か弱い少女」を演じて切り抜けるのが元ゲーマーとしての最適解だ。


「し、知らないのか? ここは城塞都市『カルゼオン』だぞ」

「カルゼオン……?」


 その名を聞いた瞬間、イザヨイの思考が急加速する。


(カルゼオン……カルゼオン……聞いたことがある響きだ)


 だが、それは『エターナルクレイドル』のゲーム内で訪れた場所ではない。

 記憶の引き出しをひっくり返し、膨大なテキストデータを検索する。


(待てよ。カルゼオンって確か……公式設定資料集に載ってた地名か?)


 それはゲームの公式サイトで公開されていた、世界観設定のページ。あるいは限定版に付属していた分厚い設定資料集だ。


(そうだ。思い出した!)


 その片隅に、かつて栄えた古都として、あるいは将来的に実装予定のエリアとして名前だけが存在していた街だ。

 ゲーム内には未実装で、データとしては存在しないはずの場所。

 それが今、目の前に確かな質量を持って鎮座している。


(マジかよ……。ゲームの世界に来たと思ってたけど、ここは『設定上の世界』まで含んだ完全版エターナルクレイドルってことか?)


 だとすれば、話が変わってくる。

 自分の知っている攻略情報が通用しない可能性がある。

 未知のエリア、未知のNPC、そして未知のイベント。

 不安がないと言えば嘘になるが、それ以上にゲーマーとしての血が騒ぐのを感じた。


「……お嬢さん? 大丈夫か? 顔色が悪いようだが」


 考え込んでいたイザヨイを心配してか、衛兵が恐る恐る声をかけてきた。

 その声音は、最初に呼び止めた時の威圧的なものとは打って変わり、酷く優しいものになっている。


「え? あ、はい。大丈夫です。ちょっと頭が混乱していて……」

「そ、そうか。まあ、無理もない。こんな物騒な世の中だ、か弱い女性が一人で旅をするのは大変だろう」


「か弱い」という単語にピクリと反応しそうになるが、グッとこらえる。

 今の自分のステータスなら、この衛兵二人を同時に相手取っても十秒とかからず制圧できる自信がある。

 だが、それを表に出す必要はない。


「それで、その……身分証がないと通せない規則なんだが……」


 衛兵同士が顔を見合わせ、何やらヒソヒソと話し始めた。


「どうする?」

「いやでも、この子を追い返すのは寝覚めが悪いだろ」

「こんな美人が野宿なんてしたら即座に襲われるぞ」

「だよなぁ……」


 といった会話がイザヨイの耳には筒抜けである。

 やがて、二人は意を決したように頷き合うと、イザヨイに向き直った。


「コホン。……本来なら規則違反なんだが、お嬢さんのような方を門前払いして、万が一のことがあっては我々の寝覚めも悪い」

「そこでだ。とりあえず街には通してやるから、すぐに『冒険者ギルド』へ向かうといい」

「冒険者ギルド、ですか?」


 イザヨイが小首を傾げると、衛兵の一人が鼻の下を伸ばしながら、それでも真面目な顔を作って説明を続ける。


「ああ。そこで冒険者登録をすれば、ギルドカードが発行される。それが身分証の代わりになるんだ。この街だけでなく、他の街へ行く時も役に立つはずだぞ」

「我々から紹介されたと言えば、手続きもスムーズにいくはずだ。……な?」

「お、おう! そうだ! 俺たちの名前を出してくれて構わないから!」


 二人の衛兵は競い合うように胸を張り、自分たちの親切さをアピールしてくる。

 どうやら、美少女への親切という名のポイント稼ぎに余念がないらしい。

 中身が男であるイザヨイからすれば、その下心は見え見えで苦笑いしたくなる光景だが、今はその厚意がありがたかった。


「ありがとうございます! 本当に助かります!」


 パッと花が咲くような笑顔でお礼を言う。

 計算ではない。

 身分証問題があっさり解決したことへの純粋な喜びだった。

 だが、その無邪気な笑顔を受けた衛兵たちは、「ぐはっ」と目に見えないダメージを受けたようにたじろぎ、さらに顔を赤くさせた。


「い、いいってことよ! 困った時はお互い様だ!」

「さ、さあ行くといい! ギルドは目抜き通りを真っ直ぐ行って、噴水広場を右だ!」

「はい! 行ってきます!」


 イザヨイはスカートを軽く翻し、衛兵たちに手を振って門をくぐった。


 背後からは、


「可愛かったなぁ……」

「ああ、天使かと思ったぜ」


 という興奮した囁き声が聞こえてくるが、聞かなかったことにする。


(チョロい……いや、親切な人たちで助かったな。それにしても、冒険者ギルドか)


 石畳の道を歩きながら、イザヨイは口元を緩めた。

 ファンタジーの王道中の王道。

 ゲーム内でも拠点として数え切れないほど利用した施設だ。

 システム的な機能がどうなっているのか、クエストの受注はどうやるのか、確認したいことは山ほどある。


 街並みは活気に満ちていた。

 行き交う人々、立ち並ぶ露店、どこからか漂ってくる香ばしい肉を焼く匂い。

 設定資料集の中でしか存在しなかった『カルゼオン』が、今まさに息づいている。

 その光景に目を奪われそうになりながらも、イザヨイは教えられた通りに大通りを進んでいく。


「よし、まずはギルドカードの入手だ。名前は……うん、イザヨイで通すしかないよな」


 独り言を呟き、一歩一歩踏みしめる。

 男だった頃の記憶と、女としての今の身体。

 そして、ゲームの知識と現実の感覚。

 それらが混ざり合う奇妙な高揚感を胸に、銀髪の乙女は未知なる冒険の第一歩となる扉を目指した。

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