おっぱい弄り
冒険者ギルドから少し離れた裏通り。
そこに建つ小綺麗な宿屋『踊る麦亭』の二階の一室が、今夜のイザヨイの城だった。
ボルグたちとの宴は、新人歓迎会という名目で盛大に行われた。
腹を満たし、仲間たちの武勇伝(ほとんどがボルグの失敗談だったが)を聞いて笑い合い、宿まで送ってもらうという至れり尽くせりの待遇。
ソロプレイヤー気質だったイザヨイにとって、誰かと食卓を囲むという経験は新鮮で、どこかくすぐったいものだった。
「ふぅ……。とりあえず、野宿は回避できたな」
ランプの仄暗い灯りに照らされた室内は、ベッドと小さな机が一つあるだけの簡素な作りだが、シーツは清潔で嫌な匂いもしない。
一泊銀貨一枚。残りの資金を考えれば、しばらくはここで拠点として活動できそうだ。
イザヨイは革のブーツを脱ぎ捨て、どすんとベッドに腰を下ろした。
「……にしても、まさかこんな落とし穴があるとはなぁ」
一人きりになった空間で、イザヨイの視線は自然と己の胸元へと落ちた。
昼間に買ったチュニックはゆったりとした作りのはずだが、それでも内側から押し上げる暴力的なまでの質量は隠し切れていない。
「『エターナルクレイドル』のキャラクタークリエイト画面で、「どうせなら限界までデカくしてやれ!」と、ふざけ半分でスライダーを右端まで振り切ったかつての自分を小一時間ほど問い詰めたい……」
眼福としての価値は無限大だが、実用性においては致命的なデバフでしかないのだ。
「戦う時は重いし、走れば揺れるし、おまけに着替えのサイズはないし……」
正確に言えば体型に合うサイズの服自体はある。だがそれはどれもドレスや派手な見た目なものばかりである。
イザヨイは大きな溜息を吐きながら、両手でその双丘を下から持ち上げてみた。
ずしり。
手のひらに伝わる重量感は、まるで水風船を二つ抱えているかのようだ。
「重っ……。これ、毎日支えてるのか? そりゃ肩も凝るわ」
不満を口にしながらも、指先はその柔らかな感触を無意識に確かめ始める。
男だった頃には決して触れることのできなかった、神秘の領域。
服の上からでも分かる、その吸い付くような弾力と、体温の温もり。
「……なんか、すげぇな」
ごくり、と唾を飲み込む。
誰にも見られていないという安心感と、一日の疲労による判断力の低下が、イザヨイの自制心を緩ませていく。
そっとチュニックの襟元から手を滑り込ませ、直接その白磁の肌に触れてみる。
「ひゃっ……」
指先が肌に触れた瞬間、甘い声が口から漏れた。
自分の声だとは信じられないほど、艶やかで無防備な声音。
顔が一気に熱くなるのを感じるが、手は止まらない。
むしろ、その未知の快感を探求するかのように、揉む力が少しだけ強くなる。
「あ……う、ん……。なにこれ、変な感じ……」
自分で自分の胸を揉んでいるだけだというのに、指先から伝わる感触と、胸から脳へと伝達される刺激が、イザヨイの思考を白く染め上げていく。
柔らかい。温かい。そして、形を変えるたびに走る微かな電流のような感覚。
男の身体では絶対にあり得ない、甘やかな痺れが背筋を駆け上がる。
(ヤバい……これ、癖になりそう……いや、ダメだろ俺! 中身は男だぞ!?)
理性では分かっているのに、手が離せない。
(なんか気持ちいいかも……先っぽいじると変な気分になる……)
自身の肉体が生み出す快楽という底なし沼に、銀髪の美少女(中身はおっさん)はずぶずぶと沈んでいきそうになっていた。
まさに、異世界転生がもたらした最大のトラップである。
「……んっ…………はぁ…………んぅ……」
そんな時だった。
コンコン。
「――ッ!!?」
その時、唐突に鳴り響いたノックの音。
イザヨイは弾かれたように手を引き抜き、ベッドから飛び起きた。
心臓が早鐘のように打ち鳴り、全身の毛穴から冷や汗が噴き出す。
「い、イザヨイちゃん? 起きてる?」
扉の向こうから聞こえてきたのは、シエルの優しく落ち着いた声だった。
「お、起きてますっ! 起きてますよ!?」
「ご、ごめんなさい、大きな声出させてしまって。……私、隣の部屋を取ったから。もし何か困ったこととか、怖いことがあったら、いつでも遠慮なく壁を叩いてね。すぐに駆けつけるから」
シエルの母性溢れる気遣いの言葉が、扉越しに響く。
イザヨイは罪悪感と羞恥心で死にそうになりながら、必死に平常心を装って答えた。
「は、はいっ! ありがとうございます、シエルさん! おやすみなさい!」
「ええ、おやすみなさい。……初日でお疲れでしょうから、ゆっくり休んでね」
足音が遠ざかっていくのを確認し、イザヨイはその場にへたり込んだ。
顔から火が出そうなくらい熱い。
もし今、シエルが部屋に入ってきていたら。
自分の作り上げた美少女キャラクターが、自らの胸を恍惚とした表情で揉みしだいている光景を見られていたら。
冒険者としての名声どころか、社会的な死を迎えていたことは間違いない。
「……寝よ。もう寝よ」
イザヨイはぶんぶんと頭を振り、先ほどの甘美な感覚を記憶の彼方へと放り投げる。
明日からは、もっと気を引き締めなければならない。
この厄介な双丘との付き合い方は、今後の重大な課題だ。
ベッドに潜り込み、ランプの灯りを落とす。
暗闇の中、疲労と安堵が波のように押し寄せ、意識を遠ざけていく。
(とりえあずおっぱいを何とかしないと……)
誰にともなく誓いを立てながら、イザヨイは深い眠りへと落ちていった。
異世界での第一夜は、こうして静かに、そして少しだけ扇情的に更けていくのだった。




