オーク討伐③
「……おいおい、マジかよ」
呆然としたボルグの声が森に響く。
三人が駆けつけた時には、既に戦いは終わっていた。
巨大なオークが一太刀で両断され、一撃で倒される光景。
その中心に佇む銀髪の少女は、返り血一つ浴びることなく、涼しい顔で愛剣『ネメシスソード』を虚空へと消していた。
「あの一撃……見えなかったぞ」
「あれだけの剣速があれば本職の戦士も顔負けね……」
「ああ。しかも初陣でオークを相手に、あの落ち着きようだ。肝が据わってる」
シエルとクローザーも、驚きと称賛が入り混じった眼差しを向けてくる。
Eランクの新人が、これほどの戦闘能力を秘めているとは誰が想像しただろうか。
だが、当のイザヨイの心境は複雑だった。
(はぁ……勝ったには勝ったけど、これはキツいな)
イザヨイは小さく溜息をつき、無意識に胸元へと手をやる。
戦闘中の激しい動きで揺さぶられた双丘が、今はドクンドクンと存在感を主張している。
コルセットで締め付けてはいるものの、物理法則を無視したサイズ設定の代償は大きかった。
(前衛職の動きについていけない……いや、身体能力的には余裕なんだけど、物理的な邪魔が入る)
ゲーム内であれば、アバターの胸がどれだけ大きくても当たり判定やモーションに影響はなかった。
どんなに激しく動いても、揺れるだけで済んだのだ。
だが現実は非情である。
重心移動の度に遠心力で振り回され、視界の下半分を遮り、あまつさえ剣を振る動作の邪魔になる。
これでは満足な立ち回りは不可能だ。
「イザヨイ、怪我はないか? すげぇ腕前だったな!」
ボルグが興奮気味に肩を叩こうとして、寸前で手を止める。
その顔には、先程までの心配そうな色は消え、頼もしい仲間を得た喜びが浮かんでいた。
「ええ、怪我はありません。オークも大したことなくて助かりました」
イザヨイは苦笑いを浮かべ、やんわりと答える。
しかし、その表情にはどこか陰りがあった。
「あの、ボルグさん。相談があるんですけど……」
「ん? どうした? 報酬の取り分なら、今回の活躍を考えれば色をつけてもいいぜ?」
「いえ、そうじゃなくて。……これからは、後衛として戦わせてもらえませんか?」
「後衛……だと?」
ボルグだけでなく、シエルとクローザーも目を丸くした。
あれだけの剣技を見せておきながら、なぜ今さら後衛志望なのか。
イザヨイの申し出には誰もが首を傾げる。
(やっぱり……無理があったんだ。前衛で暴れるのは楽しいけど、この体じゃ……)
イザヨイは心の中で葛藤していた。
本心では、敵の懐に飛び込み、剣戟を交わすスリルと爽快感を味わいたい。
ゲーム時代も、接近戦を好むバトルメイジのようなプレイスタイルだった。
だが現実のおっぱいは甘くない。
揺れによる視界不良、バランス崩壊、そして何より肩凝りと背中の痛み。
これらを抱えたまま前線に立つのは、あまりにもリスクが高すぎる。
「剣で戦うのは、やっぱり無理がありました。それに……ちょっと疲れちゃって」
イザヨイは少し俯き、弱々しく告げた。
その姿を見た三人は、ハッと顔を見合わせる。
そして、それぞれの脳内で勝手な解釈が展開された。
(そうか……。いくら強くても、まだ年端もいかない少女だ。初めての魔物退治で、内心怖かったに違いない)
(気丈に振る舞ってたけど、やっぱり無理してたのね……。可哀想に、私たちがもっと早く助けてあげればよかった)
(……初陣の緊張が解けた反動か。無理もない)
三人の目には、イザヨイが「本当は怖かったけれど、仲間のために勇気を振り絞って戦った健気な少女」に映っていた。
その勘違いは、イザヨイの美少女補正も相まって、彼らの保護欲を刺激するには十分すぎるものだった。
「わかった! 無理すんな、イザヨイ! お前は後ろでドーンと構えててくれればいい!」
「そうよ! 前衛はボルグに任せて、私たちは安全な場所から魔法で援護しましょう!」
「……ああ。背中は守る。安心して休め」
三人は優しく微笑み、イザヨイを後衛へと促してくれた。
その温かい言葉に、イザヨイは申し訳なさで胸がチクリと痛む。
(ごめん……本当は怖いんじゃなくて、おっぱいが重いだけなんだ……)
中身がおっさんであるイザヨイにとって、美少女としての悩みなど誰にも打ち明けられない秘密だ。
だが、現実は残酷である。
前衛として華麗に舞う理想と、巨乳という現実の狭間で、イザヨイは静かに涙を呑むしかなかった。
(いつか慣れる日が来るのかな、これ。……いや、慣れるまで頑張るしかないか)
イザヨイは小さく拳を握りしめ、揺れる胸の感触と共に、新たな決意を固めるのだった。
とりあえず今は、後衛としての立ち回りを極めることにしよう。
そう自分に言い聞かせながら。




