オーク討伐②
静寂を切り裂き、イザヨイが地面を蹴る。
銀髪が風に流され、漆黒の剣が陽光を吸い込むように輝いた。
その速度は、初心者とは思えないほど鋭く、そして美しい。
イザヨイはオークとの距離を一瞬で詰めていた。
「ブモォォォッ!!」
オークが侵入者に気付き、怒号と共に巨大な棍棒を振り上げる。
その威圧感は凄まじく、普通の新人なら腰を抜かしてもおかしくない。
だが、イザヨイの瞳には冷静な光が宿っていた。
恐れるどころか、敵の動きがスローモーションのように見えている。
レベル差による絶対的な余裕だ。
「遅いな。……悪いけど、試し切りの相手になってもらうよ」
イザヨイはさらに加速する。
右手に握られた『ネメシスソード』が黒い輝きを放ち、魔力を纏う。
その切っ先がオークの首筋を捉えようとした、その瞬間だった。
(……ん? うわ、なんだこれ!?)
突然、胸元に強烈な違和感が走る。
走るたびにドスン、ドスンと重たい何かが暴れ回り、身体のバランスを崩そうとしてくるのだ。
(メロンを二つぶら下げて全力疾走しているような感覚だ……!)
いや、それ以上に生々しく、そして邪魔くさい。
(おっぱい……! 揺れすぎだろッ!!)
イザヨイは心の中で叫んだ。
ゲーム内では物理演算によってプルンプルンと揺れる様は、男にとって至高の保養であり、眼福以外の何物でもなかった。
だが実際にその身体になってみると話は別だ。
遠心力で振り回され、視界の端でチラチラと主張し、あまつさえ重心移動の邪魔をする。
戦闘においては致命的なデバフ効果と言ってもいい。
(くっそ、これが巨乳の代償かよ……! キャラクリで欲張ったツケがこんなところで回ってくるとは!)
男だった頃には決して味わうことのなかった苦悩。
それが今、現実となってイザヨイに襲いかかっていた。
だが、そんな思考が巡ったのはほんの一瞬のこと。
イザヨイの身体能力は、その程度のハンデなど物ともしなかった。
「はぁっ!!」
気合いと共に剣を薙ぐ。
黒い閃光がオークの太い首を通り抜け、背後へと突き抜けた。
肉を断つ嫌な手応えはなく、ただ空を切るような軽さ。
次の瞬間、オークの巨体はその場に崩れ落ち、二つに分かれて絶命した。
「……ふぅ。切れ味は変わらず、か」
イザヨイは剣を払い、納刀の構えを取る。
その背中で、銀髪がふわりと舞い降りた。
圧倒的な勝利。
だが、イザヨイの顔に浮かんでいたのは達成感ではなく、別の意味での疲労感だった。
(マジでありえねぇ……。こんなのが二つもあったら、まともに剣なんて振れねぇよ。ゲームじゃ揺れ補正とかあったけど、リアル物理演算は容赦ねぇな)
コルセットで締め上げているとはいえ、激しい運動には向かないサイズだということを痛感した。
(キャラクリ画面で「デカけりゃいいんだよ!」とスライダーをMAXまで引っ張ったかつての自分を呪いたい気分だ……)
無意識に胸元を手で押さえる。
(世の中の巨乳の人たち、みんなこんな苦労してんのか……。尊敬するわ、マジで)
イザヨイは小さく溜息をつき、複雑な表情で自分の胸を見下ろした。
戦闘は楽勝だったが、思わぬ強敵が自分自身の身体に潜んでいたことを知る、ほろ苦い初陣となった。




