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ゲームの世界にTS転生

 柔らかな風が頬を撫でる感触に意識が浮上する。


「……あれ。ここは……?」


 土と草の匂い。遠くで聞こえる鳥のさえずり。

 五感が訴えてくる情報はあまりにも鮮烈で、ここが現実世界の延長線上にあることを錯覚させる。

 だが、自身の身に起きた異変はそんな牧歌的な感想を瞬時に吹き飛ばすものだった。


「……ん、なんだこれ。すっげーリアルな夢だな」


 口をついて出た声は、聞き覚えのない鈴を転がしたような美声。

 喉仏の感触がない。


「なんか視界の高さが低いような……」


 慌てて視線を下ろせば、そこにあるはずの胡坐をかいたジーンズ姿の脚はなく、代わりに白磁のように滑らかな太腿が露わになっていた。

 状況を脳が処理しきれず、銀色の長髪を揺らしてその場にへたり込む。


「嘘だろ……おい、嘘だろ」


 自分の声であって自分の声ではない。


「この高音、そして視界の隅に見える白銀の髪……見覚えがある」


 やり込んだVRMMO『エターナルクレイドル』で使用していたマイキャラクターそのものではないか。

 ネカマと揶揄されようが、どうせ長時間見るならむさ苦しい男の背中より美少女のほうがいいという、安直かつ健全な理由で作ったアバター。

 震える手を持ち上げ、恐る恐る自身の胸元へと伸ばす。


「……触れる、のか?」


 そこには、キャラクタークリエイトの際に魔が差して最大サイズに設定した豊かな膨らみが鎮座していた。


「失礼します、俺……じゃなくて、私」


 指先が触れる。

 硬いポリゴンの感触ではない。

 指が沈み込むような、圧倒的な弾力と温もり。

 そのまま、むにゅり、と揉んでみる。


「ひゃうっ!?」


 情けない声が漏れた。手のひらに伝わる感触だけではない。

 揉まれた胸の方にも、電流が走ったような鋭敏な感覚がある。

 自分の体なのだから当たり前だが、脳の処理が追いつかない。

 ドクンドクンと脈打つ鼓動が、掌を通してダイレクトに伝わってくる。


「ほん、もの……? マジで? 感覚フィードバックってレベルじゃないぞこれ!」


 揉む。

 無意識に、しかし探究心という名の欲望に忠実に、その豊満な果実を何度か確かめるように形を変えさせる。

 自身の肉体であるという認識と、理想の美少女を触っているという背徳感が混ざり合い、奇妙な興奮が背筋を駆け上がった。


「お……おおお……。おっぱいってこんなに柔らかかったんだな……」


 指が沈み込むたびに、口元から甘い吐息が漏れてしまうのは生理現象だろうか。


「ひゃっ、うぅ……自分で触ってんのに、なんだこの感覚。くすぐったいっていうか、その、ヤバい」


 顔が熱い。

 誰も見ていない森の中だというのに、とんでもない羞恥プレイを晒している気分になる。

 慌てて手を離し、乱れた呼吸を整えるために深呼吸を一つ。


「落ち着け。まずは状況確認だ……」


 これが『エターナルクレイドル』の世界だとするならば、プレイヤーとしての機能が残っている可能性がある。

 右手を虚空にかざし、手首を軽くスナップさせるお馴染みのジェスチャーを行った。


「メニュー、オープン」


 フォン、という小気味よい電子音と共に、半透明のホログラムウィンドウが展開される。


「よし! 開いた!」


 見慣れたUI。

 HPバー、MPバー、そして並ぶアイコン群。

 希望の光が見えた気がして、指先を踊らせてシステムタブをタップする。

 だが、そこに並ぶ項目を目にした瞬間、銀髪の少女の表情が凍り付いた。


「……あれ? ログアウトは?」


 ない。

 一番下にあるはずの『ログアウト』ボタンだけが、綺麗さっぱり消滅している。

 何度スクロールしても、別のタブを探しても、現実世界への帰還を約束するその文字列だけが見当たらない。


「マジかよ……閉じ込められたってことか? 笑えないんだけど」


 ため息をつき、ウィンドウを閉じるわけでもなくステータス画面へと切り替える。

 そこに表示された3Dモデルは、紛れもなく今自分が宿っているこの肉体。

 名前の欄には『イザヨイ』と記されていた。


「イザヨイ……そうか、俺はイザヨイになったのか」


 レベルやスキル構成はゲーム時代のまま。

 インベントリの中身も、苦労して集めたレアアイテムたちがそのまま詰まっている。

 問題は、ここがどこかということと、この格好だ。


 視線を再び自身の身体へと落とす。

 装備しているのは、防御力を犠牲にして見た目に全振りしたような、ヒラヒラのゴシック調ドレス。

 スカート丈は膝上よりもさらに短く、少し動くだけで布が翻り、太腿の眩しい白さが露わになる。

 森の風がスカートの裾から入り込み、スースーと下半身を冷やす感覚が何とも言えず心許ない。


「……男だった頃は『絶対領域最高』とか言ってたけど、いざ自分が履くとこんなに恥ずかしいもんだったのか」


 スカートの端を指で摘まみ、少しだけ引っ張ってみる。

 抵抗なく持ち上がる布地。

 その下にあるのは、当然ながら女性用の下着だ。

 顔から火が出そうになるのを必死に堪える。


「いや、待てよ。今の俺は女だ。イザヨイだ。だったらスカートを履いてても何もおかしくない。むしろこれが正装だろ?」


 開き直りにも似た感情が湧いてくる。

 今まで味わったことのない、身体の軽さ。

 視界の色彩の豊かさ。

 そして何より、風に吹かれるたびに感じる、全身の皮膚感覚の鋭敏さ。

 男の身体では感じ得なかった不思議な高揚感が、不安を塗りつぶしていくようだった。

 拳を握りしめ、華奢な腕に力を込める。


「うん、悪くない。むしろ元気が出てきた。やってやろうじゃんか」


 バシッと両頬を叩いて気合を入れる。

 痛い。けれど、その痛みすらも生きている実感として心地よい。

 まずは情報の収集だ。


「よし、行こう。とりあえず高い場所か、道を探さないとな」


 一歩踏み出す。ブーツが土を踏みしめる感触。

 バランスを崩しそうになるが、そこは高レベルキャラクターの身体能力補正か、あるいは本能か、すぐにコツを掴んで軽やかに歩き出すことができた。

 長い銀髪が背中でサラサラと揺れる。

 その感覚すらも楽しむように、イザヨイと名乗ることに決めた元ゲーマーは歩を進めた。


 鬱蒼とした木々の隙間から差し込む光を頼りに森の中を進むこと数十分。

 見覚えのあるモンスターや植生は見当たらない。

 グラフィックの質感は間違いなく『エターナルクレイドル』のものだが、配置されているオブジェクトに見覚えがなかった。

 拡張パックの新エリアか、それとも時間の経過した未来か。


「マップ機能も現在地不明のままだしなぁ。コンパスが狂ってないのが救いか」


 独り言が多くなるのは、静寂への不安を紛らわせるためか、それとも可愛い自分の声を聴いて落ち着くためか。

 自身でも判断がつかないまま、藪をかき分ける。

 その時、不意に視界が開けた。


「お……? 街道に出たか?」


 目の前には、踏み固められた土の道が左右に伸びている。

 轍の跡があることから、馬車や人の往来があることは確実だ。

 どちらに進むべきか。

 太陽の位置を確認し、影の伸びる方向を見る。


「東に街があるパターンが多いよな、こういう時は。……根拠はないけど」


 直感を信じることにした。

 スカートの裾を払い、改めて自身の姿を確認する。

 泥汚れはない。

 装備の耐久値も万全。

 インベントリから初心者用の安っぽいポーションを取り出し、実体化することを確認してから腰のポーチに突っ込む。


「さあて、第一村人発見となるか、それともモンスターとの初戦闘か。どっちが来てもいいように心の準備だけはしておかないとな」


 覚悟を決めた瞳は、かつてのゲーマーの輝きと、新たな生を受けた乙女の好奇心で満ちていた。

 イザヨイは誰に見せるわけでもなく不敵な笑みを浮かべ、見知らぬ異世界の大地を、その美しくも逞しい脚で踏みしめていく。

 これから始まる冒険が、単なるゲームの延長ではないことを予感しながら。


「待ってろよ、エターナルクレイドル。このイザヨイ様が遊び尽くしてやるからな」


 風が強く吹き、銀の髪とスカートを大きく舞い上がらせる。

 その隙間から覗く白い肌を隠すように慌ててスカートを押さえる姿は、やはりどこか年相応の少女のようでもあり、中身の男らしさとのギャップを描き出していた。

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