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おばあちゃんがぬすみぎきした話

作者: 六福亭

 ぽかぽかと、よく晴れた春の午後のことです。やすみおばあちゃんは、もぎたてのレモンでレモンケーキを作ることにしました。


 なぜって、明日、となり町に住んでいる孫たちが、遊びにくるのです。孫たちは、やすみおばあちゃんの作るおかしが大好きで、クッキーやらケーキやらを作っておやつの時間に出すと、おなかいっぱい食べてくれるのでした。


 おばあちゃんの家には、ちょうどレモンがいっぱい入ったバスケットがありました。ご近所のおともだちが、おすそわけしてくれたのです。


 おばあちゃんは、たくさんあるレモンの中から、きずがなくて、つやつや、きらきらと金色にかがやいた、一番大きなレモンをえらびました。そうして、手にとったレモンの皮をむくため、くだものナイフを用意した時。


 レモンの中から、ちっちゃな声が聞こえてきました。あまりにびっくりしたので、おばあちゃんはもう少しでレモンをゆかに落っことしてしまうところでした。


 おばあちゃんは、耳をレモンにぴったりとくっつけました。すると、やっぱりありんこの足音のようなかすかな話し声が、穴ひとつないレモンの中から聞こえるのでした。

『お姫さま、おつかれでしょう。ここで、ぐっすりとおやすみくださいな』

 つづけて、ころころと小さな鈴をならしたような、かわいい声が答えます。

『ありがとう。お前も、つかれているのではないの? ずっと走りどおしだったものね』

『いえ、わたくしは、体がとてもじょうぶでございますから……』

『うそおっしゃい。わたしと同じくらい、はあはあ言いながら走っていたくせに』

 おばあちゃんは、くすっと笑いました。レモンの中にかくれているのは、お姫さまとそのけらいのようです。ずいぶんと小さなお姫さま、どんな王国でくらしていたのでしょう。

『ああ、それにしても、お父さまやお母さまはご無事かしら? みんなをおいて逃げてきてしまったことが、心残りでならないのよ』

『お姫さま、それはしかたのないことです。お姫さままで、悪い国の魔法使いたちにつかまってしまったら、王国はおしまいなのですから。きっと、王さまもおきさきさまも、お姫さまがご無事であることが何よりうれしいと思いますよ』

『そうかしら』

『そうですよ! 王さまたちを助けるチャンスは、この先きっとやってきます。今は、とにかくにげて、力をたくわえるのです』

『そう、そうね……』

 お姫さまが、はあっとため息をついたようです。

『つい昨日まで、わたしたちはとても幸せだったわ。王国の人びとも、わたしたちも、何のかなしみもなくたのしくくらしていた。それが、どうしてこうなってしまったのかしら。あの魔法使いたちは、わたしたちの王国の何をねらっていたのかしら』

『お姫さま、あいつらは、わたくしたちがあんまりたのしそうにしていたものだから、それがうらやましくなったのですよ。王国では、お仕事のあいだにだれかが楽器をかなではじめて、それにあわせてどこでもおどりがはじまりましたね。王国中にアオゾラヒマワリやオヒサマグサが咲きみだれて、ミニハナバチが花のみつをせっせと集めて回っていましたね。黄金や宝石や、外国に売りつけるような油なんかはとれなくたって、だれもがにこにこ笑っていて、たべものはみんなで分け合っていましたねえ。ところが、魔法使いたちの国では、まるっきりようすがちがうのです。人びとがみな魔法の力をもっているものだから、いつもだれかを出し抜いてやろうとして、きりきりと気をとがらせているのです。魔法の力を大地にぶつけすぎたせいで、花も草もろくに育ちません。魔法で作った宝ものやめずらしい道具をたくさん外国に売りつけていますが、さいきんは高いねだんをつけすぎて、なかなか買ってくれる人がいないのだそうですよ』

『なんだか、かわいそうね』

『かわいそうなものですか! そうなったのも自分たちが悪いのですよ。それなのに、わたしたちを逆うらみして、戦争をしかけてくるなんて。とんでもない連中です』

 けらいが、ぷんぷんと怒っています。

『よく分かったわ。でも、わたしに勝ち目はなさそうね。わたしたちの王国では、魔法を使える人なんていないもの。何もかも、おしまいなのだわ……』

『お姫さま……』

 おばあちゃんは、そこまで聞くと、手にしたレモンをそっとかごのそばに置きました。孫たちとそう変わらないくらいの年に思えるのに、かわいそうなお姫さま。何とか力になってあげたいものですが、おばあちゃんがうっかり声をかけると、二人はびっくりしてしまうかもしれません。


 思いがけないことがおこったけれど、このままおかしを作らないわけにはいきません。おばあちゃんは別のレモンをとりあげました。そして、ナイフで切る前に、耳にあててみます。また、ちっちゃな声が聞こえるのではないかと思ったのです。

 

 こんどは、何も聞こえませんでした。すずのように振ってみて、皮のどこかから小さな手が飛び出しやしないかと、何度もいじり回してから、やっとおかし作りにとりかかりました。


 レモンケーキをオーブンでやいている間に、おばあちゃんはさっきの二人のようすがどうしても気になって、ふたたびあのレモンに耳をよせました。話し声は、聞こえません。そのかわりに、くうくう、すーすーとごく軽やかなねいきが聞こえてきました。二人はねむってしまったのでしょう。

「レモンの中で、いいゆめを見ているといいのだけど」

 おばあちゃんはそうつぶやきます。時計を見ると、孫や娘たちが来るには、まだ時間があるようです。

「夕ごはんのしたくでも、しようかしら」

 おばあちゃんは、たまねぎの皮をむきはじめました。

『ぐすっ』

 何か音が聞こえた気がして、ふと手を止めます。一まい分だけ皮をむいた、まるいたまねぎの中からのようです。胸がどきどきするのを手でおさえながら、おばあちゃんはたまねぎに耳をあてました。

『ぐすっ、お父さまや、お母さまなんて大きらい、ぐすっ』

 だれかが、たまねぎの中で泣いているのです。つづいて、あきれたような声がしました。

『泣かないで、王女さま』

『だって、ここにいると、なぜかなみだが出てきちゃうんだもの。ぐすぐす』

『ああもう、はなみずも出ているじゃないですか。ほら、ハンカチでふいて』

 たまねぎなんかにかくれているせいで、泣いてしまうんじゃないかと、おばあちゃんは思いました。

『王女さま、国に帰りましょう。きっと今ごろ、みんな王女さまを探していますよ』

『いや、ぜったい帰らない。おとなりの国に戦争をしかけるお父さまのところへなんか、帰らない』

『王女さま……』

 おばあちゃんははっとしました。

『王女さま、王さまがいくさをはじめたのには、きっとたいせつなわけがあるのです。きらいだなんてひどいこと、おっしゃってはいけません』

『では、どうしてとなりの、お花の王国と戦争をするの』

『あの王国には、わたしたちの国にはないものがあるのに、そこの人びとはちっとも気がついていないからです。ゆたかな大地をたがやせば、たくさんのたべものがとれるのに、なまけたりおどったりするばっかりで、ちっともはたらかないのです。おまけに、たべものを育てればいいのに、なんのやくにもたたない花ばかりうえて……』

『わたし、あの王国のお花が好きよ。見ていると、なんだかたのしい気分になるもの。音楽も、おどりも好き。わたしたちの魔法の国にいるより、あの王国にいる方がずっとたのしいわ』

『では、いくさにかったら、あの王国の人たちをつれてこさせて、王女さまの前でおどりをおどらせてやりましょう』

『そんなの、だめ!』

 わあっと大声をあげて、王女さまが泣きだしました。

『わたしたちの国には、魔法があるじゃない。それで、何でもできるのに。どうして、お花の王国といくさをしたいの?』

『魔法ではどうにもできないことがあるからです。どんどんたくさんの魔法が使えるようになったというのに、かえって魔法使いたちのやる気がなくなって、みんなふさぎこんでいることは知っているでしょう。どんなに魔法をかけても、みんなは元気になりません。だから、わたしたちを元気にしてくれるようなものを、何としても手に入れたいのです』

『元気にしてくれるようなものって、何?』

『新しい大地とか、おいしいたべものとか、いくさにかったときのよろこびとか、そんなものです』

『つまんないものばっかり!』

 王女さまがさけびました。

『わたし、お花の王国の王さまや、おきさきさまや、お姫さまに会ったことがあるわ。みんな、いつもにこにこしていて、たのしそうだった。わたし、あの人たちが大好き。でも、お父さまやお母さまや、あなたのことは、大きらい!』

『そんな……ひどい。王女さま、あんまりです』

 けらいは、泣きだしてしまいました。おばあちゃんはふと思いついて、レモンのかごのところに行きました。そして、あの、お姫さまたちがかくれているレモンをそっとつかみます。

 皮をむきかけのたまねぎのすぐそばにレモンを置いて、指で軽くレモンをたたきました。中からおどろいたような声が聞こえてきます。けれど、たまねぎの中の王女さまは、気がついていないようです。

『お花の王国のお姫さまたちをこれ以上いじめるのなら、わたしは魔法の国の王女をやめて、お花の王国に行きます! いくさをやめるまで、かえらないわ。本気よ』

『王女さま!』

 その時、レモンの中から、やさしい声が流れてきました。

『魔法の国の王女さま、わたしといっしょに、魔法の国にまいりましょう』

 たまねぎの中の王女さまが、はっと静かになりました。


 その時、おばあちゃんはたしかに見ました。小指のつめよりもさらに小さな背丈の、たんぽぽのようなかわいらしい頭をした女の子が、レモンの皮をまるでとびらのようにぱかっとひらいて、しずしずと出てくるのを__。

『王女さま、わたしはお花の王国の姫でございます。いつか、いっしょにおどりをおどったり、お花畑であそびましたね。どうか、わたしのお友だちになってくださいな』

 それからすぐのことでした。白いたまねぎにぽっかりと穴があいて、ぬばたまのように黒いかみのけの女の子がとびだしてきて、お花の王国のお姫さまの手をしっかりとにぎったのです。


 全てを見守っていたおばあちゃんは、レモンとたまねぎにそっと背を向けて、できあがったレモンケーキをオーブンからとりだしました。


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― 新着の感想 ―
個人的には、声を聞いた後、声が聞こえるレモンをケーキにしてオーブンで焼くおばあちゃんが大好きです。そして、泣く食材には、玉ねぎが一番です。途中にある魔法ではどうにもできないことがある言葉もいいですね。…
このお話、大好きです! 何度でも読み返したいです! おばあちゃん、グッジョブ! 読ませていただき、ありがとうございました!
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