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定時制高校教師「BIN」  作者: 高城昇
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定時制高校の現状

定時制高校教師の中山は、「ビンさん」と呼ばれている。眼鏡をかけた小柄な男だが、酒が大好きである。広島県立福山西商業高校に赴任して4年目を迎えた。福岡県の大学で英語の教員免許を取得し、地元の採用がなかった理由で、何の縁か広島に来てしまった。

 定時制高校に進学して来る生徒の中には、何らかの難しい環境を背負い、全日制に行けない子が多い。

家庭生活が苦しい事情。中学校時代に荒れていた。施設で育っている。養護学級出身等、極端に成績が悪い。壮年層になり、思いついたように高校進学を考える。


 赴任一年目の最初の授業で、

「先生よー、英語を勉強して何になるんなら?」

いきなり、当時二十三歳の中山より年上である四年生の生徒が問いかけてくる。もちろん高校の教科書を使っても無駄である。自分で教材を作るしか方法はなかった。

 広島県の福山市から府中市にかけての地域には、多くの工場がある。縫製工場、布団製造、家具工場等々、様々な職種が点在している。それらの会社は、近所の定時制高校に通わせる事を条件に、中卒の子供を安い賃金で雇っているのである。県内だけでなく、遠くは沖縄県まで、人材を探していた。従って、この地域には、定時制高校は、多い方であろう。他にも通信制高校もあり、分校や養護学校も含めて、教師たちは「定通分養」という組織を作っている。

中山は、3年前その会議に始めて出席した。新採として皆の前で自己紹介を行ったが、他校の先輩教員に、

「君は、福山西商に赴任して一ヶ月経つが、一番気になっている子供の様子を教えて下さい。」

中山は、普通にスラスラと勉強ができない生徒の話をした。

「なぜ、その子は勉強ができないの?」

「特殊学級出身だからと思います。」

「なぜ、その子は特殊学級に入れられたの?」

「中学校の先生に聞いてみなければわかりませんが、成績が悪かったんじゃ・・・」

「中山君だったな・・。あんた教師を辞めてくれ。あんたみたいな教師に教えられた子供は、可哀想じゃ。」

 もう次に出る言葉はなかった。同じ高校の先輩教師達も下を向いたままで、中山はこの場を逃げ出したい衝動に駆られた。顔も真っ赤になり、汗と涙が入り交ざった状態で、虚ろな眼で、正面を見るしかなかった。重苦しい雰囲気の中で、

「中山君なあ。まず、服装を考えたらいいよ。訳ありの子供や親と向き合うなら、それなりの服装で行かないと本音を喋ってはくれんよ。」

この中で、一番年齢が高いと思われる通信制の教員が、発言した。彼は、自分の経験を元に、定・通・分・養に通う子供たちの重い状況、それに伴う親の過去を心底理解することが重要である内容を話してくれた。

そう言えば、赴任した当時、同僚の先輩達の服装に違和感があった。中山は、初めはスーツ・ネクタイ姿だったが、元来こんな服装が嫌いだった理由で、次の日から普段着で登校していた。しかし今日は、特別だと思い、スーツ姿で参加していた。周りを見渡すと、確かに皆普段着だった。極端に汚い服装の教員もいる。

「定通分養」が掲げる(さらに深くふところへ)のスローガンを実施するためには、服装も考えるそうだ。長いものに巻かれやすい中山が、外側だけでも真似をすることは、簡単だった。足に水虫が出来ているので、ついでに靴は履かないで草履履きで登校し始めた。しかし、子供や親のふところへ深く入り込む限界も感じている。


生徒達は、教員のことを「~先生」とは呼ばない。苗字や名前で「~さん」と呼ぶ。中山のことを最初に「ビンさん」と呼んだ当時一年生の坂本由香は、四年生になっていた。

母親に育てられた由香は、家庭の事情で縫製で働きながら、高校に通っている。神辺縫製は、学校から近くて多くの生徒が働いているし、卒業生もたくさん就業中である。

由香は、近くの県営住宅で、母親と兄の三人暮らし。兄の順一は高校には行かず、府中市の家具製造工場で働いている。兄妹は仲が良く、中山が住む近くの教職員住宅へ二人で遊びに来ることも度々あった。由香は、益々綺麗になり男子生徒や卒業生からは注目を浴びているが、特別な男性はいない模様である。それだけでなく会社の上司からも一目置かれている。

「ビンさん、私・・あの労務が大嫌い。おっさんの癖にデートに誘うけんねぇ。バカみたい。」

三年生の頃の話である。それだけではなく、仕事中に話しかけながら肩や背中をさりげなく触るという。

中山は、同僚の女生徒にも話を聞いてみたが、明らかに由香への対応は、特別らしい。

早速神辺縫製を訪問して、小山文雄労務管理者と面会した。満面の笑顔で対応してきた小山は、時々中山を睨みつける仕草もする。

「今日は、わざわざ出向いていただいて、どうなさいましたか。」

「坂本由香のことでお伺いしました。小山さんが由香を特別扱いをしていると皆さんが言っていますが・・・由香本人もセクハラと言っています。」

急に顔色が変わった小山は、先ほどの笑顔から目を真丸にして怒り出した。

「何を言い出すんですか。あんな中卒の小娘の言うことをまともに聞いて、先生は正気ですか?」

「いくら中卒とは言え、彼女たちは、一生懸命仕事をして、夜は学校にも通って、立派なもんですよ。」

小山と真剣に論議をしても無駄だったが、とりあえず落ち着いて話を続けた。すると小山は小声になり、

「先生!もしかして坂本と特別な関係ではないですか?」

「話になりません。失礼します。」

怒りにもならない呆れた思いで、会社を後にした。ガックリ肩を落とし、学校に戻った中山は同僚の柴田に話をして、その晩飲みに行く約束をした。

               (エピソード2に続く)

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