この世で一番恐ろしいもの
あるとき、人を怖がらせて驚かせるのが好きな妖怪たちの間で誰が一番人を恐怖に与えることができるのかということが話題になった。
各々が自分だ、いや自分こそがと主張するばかりで話が一向に進まない。そこで怖いものなしと評判の一人の男が選ばれて、だれが一番彼を恐れさせることができるのかを試すことにした。
男の仕事終わりの帰り道、まずは街灯の下に佇む口裂け女が話しかけ、いつもの流れで裂けた口を露わにした。しかし男はまったく恐れることなくそのまま歩き去ってしまう。
次はのっぺらぼう、さらにその次は動く人体模型、さらに次はろくろ首、さらに……と次々に姿を現していくが、男は会話をするために少しだけ足を止めるが、どれも恐れることなくそのまま帰り道を歩いていってしまう。
そしてついに男は家に辿り着いてしまう。
妖怪たちはついに男のことを恐れさせることができなかったことを嘆き、どうやれば彼を恐れさせることが出来るのかと頭を捻っていた。
すると、家から男の悲鳴が聞こえてくる。
あれだけやっても何一つ動じなかった男が、一体どうして叫び声などあげているのだと妖怪たちは怖々と家の中を覗き込む。
そこには、いつもより帰宅が遅くなったことを妻に責められ許しを請うている男の姿があった。
「結局、妖怪ごときじゃ怒れる女房には勝てないんだな」
誰かが呟いた言葉が、妖怪たちの間を虚しく通り抜けていった。
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