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第四章 博物堂へ 1

「さて、ではこうして調査チームも揃ったことですし――」

 と、クリスティーンが芝居がかった仕草で腕を組みながら言う。

 新たに運ばれてきた茶碗を受け取りながらエドガーがくすりと笑う。気に入りの小さい妹を見るような親しみの籠った笑みだった。

「まずはハロルド、首飾り事件のあらましを初めから詳しく話してくださる?」


「--その前に、君はどうしてその話を知っているわけ? 家内使用人たちには口止めをしてあったはずなのに」

「そんなの合計5ペンスもあれば簡単に口を割らせられるわよ! 侯爵夫人からのお手紙で、聖ヨハネの祝日のダンスパーティーに貸してくださる予定だったあの地琥珀(テランベル)の首飾りが急に貸せなくなったから、別の装身具を支度して欲しいって知らされてね、何事かと思ったのよ」

「あらまあ、それは大変でしたわね」

 エレンは思わず口を挟んだ。「地琥珀に合わせるとなると、ドレスは黄色系統ですか?」

「そうなのよ!」と、クリスティーンが我が意を得たりとばかりに頷く。「すっごく綺麗なカナリアイエローの絹なの。あれに合わせる首飾りなんか急にはなかなか見つからなくって本当に困っちゃった。ねえ、あなただったら真珠とルビーのどっちにする?」

「色合いによりけりですけれど、その二択でしたら、わたくしなら真珠でしょうね」

「一連真珠なの。ちょっと地味じゃないかしら?」

「お髪を華やかにするのは?」

「真珠と合いそうな手持ちの髪飾りは大してないの」

「それならば生花を添えられてはどうでしょう? クリームイエローの薔薇と羊歯でもあしらえばきっと華やかになりますわ」

「あら、それいいわねえ! あとでドレスを見てよ。あなたお花のアレンジできる?」

「手すさび程度には」

 魔術の素養のあるミドルクラスの令嬢にとって世間的にもっとも望ましいとされる就職先は、市井の開業魔術師ではなく、王族や高位貴族の貴婦人の御相手役をつとめる貴婦人付添女性だ。少女時代はそういう常識に従った教養教育を受けてきたエレンにとって、この手の相談は魔術の次の専門分野みたいなものである。

 それにドレスの話というのは個人的にも楽しい。


 エレンとクリスティーンがそのままドレスの話題で盛り上がっていると、エドガーが控えめに咳ばらいをした。


 エレンははっと顔を向けて極まり悪く笑った。

「すみませんお二方」

「謝ることないわよミス・ディグビー。わたくしにとっては人生で一番重要な話題だわ。ああそれで、無くなった地琥珀(テランベル)の首飾りの話ね? クラレンス伯父様の話じゃ、あの首飾り、ウェステンフォークの嫡男の婚約披露パーティーでは必ず使うものなんでしょ? 小さいけどすっごく純度の高い地琥珀だからって、伯父様見るのを楽しみにしていらしたのよ。それがいきなり使えないなんてさ。何かよっぽどの事情じゃないかと当然勘繰るじゃない」

 クリスティーンが一息にまくしたてる。

 彼女の言う「クラレンス伯父様」とは、王室付き魔術師たる当代の魔術卿(ロード・マギステル)、スチュアード子爵クラレンス・トマスを指すらしい。

 エレンは感心した。


 このお姫さまは見た目よりずっと賢いようだ。

 ハロルドは愕きに目を瞠っているようだった。


「……それ、本当に君が全部自分で考えたの?」

「何よその言い方。わたくしそこまで馬鹿じゃないわよ?」

「勿論知っているとも」と、エドガーが慌てた様子で口を挟む。「しかし、そういう格式のある首飾りとなったら、盗難だが紛失だかの理由は、国璽尚書と海軍卿との結びつきを嫌った廷臣による君らの婚約の妨害って線じゃないのかい? もしそっちなら、あんまりミス・ディグビー向けの仕事とは――」

「いやエドガー、そこまで深刻な伝統ってほどでもないのですよ」と、ハロルドが呆れ声で応じる。「なければないでどうとでもなります。それで婚約披露が延期されるってほどでもない」

 エレンは無言で茶碗を手にしたまま会話に耳を傾けていた。


 海軍卿エルギン男爵の令嬢であるレディ・クリスティーン・ロウとノーズリー子爵ハロルド・サックヴィルの婚約披露パーティーが一週間後の聖ヨハネの祝日――魔術師たちが好んで呼ぶところの「 夏至祭(ミッドサマー)」に合わせて開かれることは、新聞の告知蘭とマディソンの報告書によって勿論知っている。

 しかし、件の首飾りが、サックヴィル家に伝来する婚約披露パーティーのための装身具だという話は完全に初耳だった。今この場にクリスティーンが闖入してこなければ、きっと最後まで知らないままだった――かもしれない。



 ――ノーズリー卿は何でまたそんな大事な情報を黙っていたのかしら?



 つくづくと目の前の金髪の若い貴族を眺める。


 頭が小さくツルっとした顔立ちの白イタチみたいな若者だ。

 それが非常に深刻そうな表情で、眉間に三筋の縦皴を刻んで顎に手を当てている。

 何かものすごく考えこんでいる様子だ。


 じきに、こらえ性に乏しいエドガーが苛立ちも露わに促した。

「ハロルド、とりあえず、包み隠さず何もかも時系列順に説明してくれ。謎解きは本職(プロ)に任せるんだ」

「本職って、あなたのお気に入りのそちらのご婦人に?」

 ハロルドはくすっと笑ったが、エドガーにひと睨みされるとびくりとし、諦めたように顔をあげ、クリスティーンに向けて説明を始めた。

博物堂(ムセイオン)から首飾りが無くなっていることに初めに気付いたのは副執事のトマス・ヤードだったんだ。―-こいつはもともと僕付きの従僕(フットマン)でね。カトルフォード時代も随員として連れていっていたんだ」

「ヤードなら勿論覚えているさ。やつは信用できる男だ」と、エドガー。

「彼はいつ首飾りが無くなっていることに気付いたの?」

「六月一日の夕方だよ。博物堂の扉は午前九時に鍵をあけて、夕方五時までそのまま開けているんだ」

「――日中施錠はなさらないのですね。警備は何人ほど?」

「庭の開放日以外は警備なんかつけませんよ。邸の敷地内ですからね」と、ハロルドが呆れ声で応じる。

 エレンはぐっと苛立ちを堪えた。

「お庭の開放日は木曜日でしたわね? 六月一日は土曜日ですから、前日、当日、翌日とも、日中の警備は常になかったと――そういうことになりますわね?」

「ええまあ、そういうことになりますね」と、ハロルドが少しばかり悔しそうに応じる。「しかし、博物堂(ムセイオン)の入り口はもちろん〈人面獅子(スフィンクス)〉が護っているんですよ」


「話すより見せた方が早いんじゃないか?」と、茶を飲み終えたエドガーが口を挟む。「ミス・ディグビー、もしよければ――」

「そうね! そうしましょう」と、クリスティーンがはしゃいだ声で応じ、真っ先に立ち上がってエレンの右手を掴んだ。

「わたくしここまで軽装馬車(ギグ)で来たのよ! 二人乗りだからミス・ディグビーを乗せていってあげる!」

 はしゃいだ声で云いながらエレンを外へと引きずっていく。


 残されたエドガーとハロルドは顔を見合わせた。

「ええとノーズリー」

「なんでしょうスタンレー卿」

「もしよければ僕の二輪馬車(カリクル)に同乗するかい?」

「いやいいです。僕は馬で来たんで」


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