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第三章 魔術師の姪 3

「――つまり、あなたは例の首飾り事件の調査のために、ミス・ディグビーをこっそり招いたってことなの?」

 長椅子のエレンの右隣に当然のように落ち着いたクリスティーンは、メイドが大慌てで運んできたお茶を無造作に受け取りながらハロルドに訊ねた。


 ハロルドが気まずそうに眼を逸らしながら頷く。

「うん。まあそういうことなんだ。――ああミス・ディグビー、今更だけど、彼女はレディ・クリスティーン・ロウ。海軍卿を務めるエルギン卿の令嬢で、私の婚約者だ」

「初めましてレディ。お会いできて光栄ですわ」

 エレンが改めて挨拶すると、クリスティーンはまたにっこりした。ふっくらした頬にえくぼがくぼむと一気に印象が幼くなる。

「本当は彼女は明後日くるはずだったんだよ。あなたは早く着きすぎた新しい付添女性(コンパニオン)っていう設定で、二日間この門屋敷に滞在してこっそり博物堂(ムセイオン)を調べて貰おうと思っていたのに」

 ハロルドが遊びを邪魔された少年みたいに口をとがらせてブツブツ言う。クリスティーンが聞きとがめて黒い眉をあげる。

「どうしてそんなにこそこそ調べる必要があるのよ? まさか犯人が家の中にいると疑っているの?」

「いるとしたら家の中に決まっているじゃないか! ――実は僕はこの件に関してはあの婆さんが怪しいと思っているんだ」

「婆さんって、まさかマダム・ロジェのこと?」と、クリスティーンが眉をしかめる。

 そのとき、再び外からドアが叩かれ、門番の若者と思しき申し訳なさそうな声が聞こえてきた。


「失礼いたしますノーズリー卿、スタンレー卿がお見えです」


「え?」

 ハロルドが茶碗を手にしたまま硬直する。

「なんでエドガーが?」




「何でとはご挨拶だな、親愛なる若きまたいとこよ」

 門衛の背後から笑いを含んだバリトンが響く。


「あらあ」

 クリスティーンが嬉しそうな声をあげる。「お久しぶりねスタンレー卿! わたくしのこと覚えていらっしゃる?」

「いや、全く覚えていないなあ」

 笑いながら入ってきたのは本当にエドガーだった。すっきりとした乗馬服姿で、黒い巻き毛を風に乱しているところを見ると、お気に入りのスポーツタイプの二輪馬車(チャリオット)を自分で御してきたのだろう。

 その長身を見あげながらクリスティーンが甘えた声で拗ねる。

「まあ酷い! 本気で仰っているの?」

「勿論本気だともお姫さま。僕の知っているレディ・クリスティーンはキツネ狩りに夢中の元気なちっちゃい女の子だったのに、こんな大輪の薔薇の花みたいなレディは誰だか分からないよ」

「わたくし今だってキツネ狩りはするのよ!」

 クリスティーンが夢見る少女の表情でキャッキャッと笑う。

 ハロルドが額に手を当ててため息をついた。

「エドガー……」

「何だい?」

「あなたは僕の婚約者を、婚約披露パーティの一週間前に心変わりさせに来たんですか?」

「心配しないでハロルド、この方は観賞用よ」と、クリスティーンが嬉しそうにエドガーの腕にしがみつきながら応える。

 エレンはその姿に軽い苛立ちを覚えた。

 


 ――何なのよこの方。本当に何しにきたの?



 と、エドガーがたった今気づいたように明るい琥珀色の目をエレンに向けてきた。


「久しぶりーーではないねミス・ディグビー」

「ええ。二日ぶりですわね」

 エレンがわざと無愛想に応えると、エドガーは眉をよせ、意外なほど真剣な口調で告げてきた。

「何か調査で手伝えることがあったら何でも言ってくれ」

「ありがとうございます。お気持ちだけいただきますわ」

 エレンはどうにか職業的な笑みを浮かべて応えた。

 傍でハロルドがため息をついている。

「あのねえエドガー、僕はできるだけ家のものに知られずにこっそり調べて貰いたかったんですよ?」

「なら本当にわたくしの付添女性ってことにすればいいわ!」と、クリスティーンが嬉しそうに告げ、肘でエレンの脇腹を突いて小声で訊ねてきた。

「……ねえミス・ディグビー」

「なんでしょうヤング・レディ?」

「スタンレー卿とはどういう関係なの?」

「……依頼の仲介者です」

 エレンはげっそりしながら応えた。


 何か色々と面倒なことになりそうな予感がする。

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