第三章 魔術師の姪 1
二日後である。
エレンは白い薄手の絹ブラウスと黒い薄琥珀織のスカートといういつもの仕事着に明るい紺の絹外套を重ね、手持ちのなかでは一番上等の白い羽根飾り付きの深緑のボンネットを被って、専用に借りた二頭立てのタウンコーチ型の馬車に揺られていた。
行き先はタメシス西郊のウェステンアビー・ホール。
現在の国璽尚書を務めるウェステンフォーク侯を当主とする名門貴族サックヴィル一族の本邸である。
四人乗りの馬車に同乗しているのは、今日も今日とていつものように地味な灰色とラヴェンダー色の縞のドレス姿で黒い帽子を被った秘書兼家政婦のメアリ・マディソンだ。
エレンの手元には有能なマディソンがここ一週間ばかりでてきぱきと――昔の同業者の伝手を辿って――集めてくれた、ウェステンフォーク侯爵家の成員についてのデータを記した報告書がある。
到着までに完全に暗記するため、何度目になるか分からない読み直しをしながら、エレンは一昨日ハロルドから聞いた話を思い起こしていた。
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「――〈ウェステンアビーの人面獅子〉のことは、諮問魔術師どのは勿論知っていますよね?」
ノーズリー子爵ハロルド・サックヴィルは、新任の家庭教師を小ばかにしようと手ぐすね引く子供部屋の悪童みたいな厭味ったらしい口調で訊ねてきた。
「勿論存じておりますわ。大変有名ですもの!」と、エレンは小癪な若造への苛立ちを押し隠した笑顔で答えた。「たしか二六〇年ほど前、修道院廃止令を出されたアーサー二世の御代に、サックヴィルご一族の遠縁でいらせられた当時の魔術卿が作成なさったグウェンシアン朝時代の最高傑作のひとつとされている自動機械人形ですよね? ウェステンアビー・ホール敷地内の博物堂の入り口を護っていて、一対二頭の両眼に四種の凝石が用いられているとか」
覚えている限りの知識をさりげない口調で披露すると、ハロルドは分かりやすく悔しそうな顔をした。
エレンは内心フフンと思った。
さっき従僕が持ってきた切子硝子のゴブレットにシュワシュワ泡の立つ白ワインを注ぎ分けながら、エドガーがなぜかとても得意そうに口を挟んでくる。
「どうだいハロルド? サックヴィル一族ご自慢のかの老魔女どのと比べたって、こちらの若き諮問魔術師どのは見劣りしないだろう?」
「ずいぶんな気に入り方ですねエドガー! ご自身と彼女の名誉のためにも肩入れはほどほどにね」と、ハロルドが肩を竦める。
「お二方、ご歓談中失礼いたしますが」と、エレンは微かに苛立ちながら口を挟んだ。「その名高い自動機械人形に何かありましたの?」
「いや、スフィンクスたちに問題はないとは思うんだが――」と、ハロルドが口を濁し、エドガーが無造作に差し出したゴブレットを受け取って中身を一口すすってから続けた。「問題は彼らが護っている博物堂の内部で生じたんだ」
「--もしかして、収蔵品の盗難でも?」
ひそめた声で訊ねると、ハロルドは沈鬱な表情で頷いた。
「そうなんだよ。今月の初めに、博物堂にいつも展示してある首飾りが盗まれたんだ」