第七章 モンストゥルム・エクス・マーキナ 1
「――こちらが書庫でございますレディ」
「ありがとうスティーヴンソン。当分誰も来させないでね」
「承りました。御用がございましたらどうぞベルを」
執事が恭しく言い置いて部屋を出てゆく。
重たげなオークの扉が外から閉まるなり、クリスティーンがエレンに満面の笑みを向けてきた。
「さて諮問魔術師どの、これで準備完了よ! わたくしに何か手伝えることはある?」
期待に満ちた表情で訊いてくる。
「そうですわね――」
エレンは内心困りながら考えた。
書籍の探索に当たって、門外漢に手伝ってもらえそうなことは正直何もない。
しかし、目の前の若いレディの無邪気なやる気に満ちた顔を見ていると、率直にそうとは告げがたかった。
--何かないものかしらね……?
室内をざっと見回しながら考える。
ウェステンアビー・ホール東翼三階の書庫はそれほど広くはなかった。
ドアと向かい合う壁には黒い格子の縦長の窓が並んで、燦燦と豊かな午後の陽がモスグリーンの絨毯に長い影を落としている。
左右の壁にはそれぞれ歩廊のような中二階が設けられて、上下二段にびっしりと書棚が並んでいる。蔵書はすべて緑の絹に金と黒の装丁で揃えてあるようだ。
部屋の真ん中には書き物机が四つ並んで、手前の右手の机にはインク壺と羽ペンとノートが数冊、左手の机には蔵書目録と思しき書物が三冊、人面獅子を象った銀のブックエンドに挟まれて鎮座している。
「それじゃ、あの蔵書目録から、魔術に関係のありそうなタイトルを見つけて紙片を挟んでいただけます?」
「ええ勿論、よろこんで!」
クリスティーンがはしゃいだ声で云い、早速書き物机につくなり、蔵書目録の第一巻を開いて熱心に目を通しにかかった。エレンは内心で微苦笑しながら、手書き写本が記載されている可能性の高そうな最終巻に手を伸ばした。
――内容が古典レーム語なのだから、タイトルもたぶん同じよね……
ざっとあたりをつけてページを捲るうちに、すぐそれらしき書名に行き当たった。
『モンストゥルム・エクス・マーキナ』
そのまま訳せば「機械仕掛けの怪物」だ。
収蔵場所は右側の歩廊の窓の近くだった。
ちらりと見ると、クリスティーンは熱心にページを捲りながら、時折手を止めては、ノートからちぎった紙片を挟む作業に没頭していた。
性根の部分で仕事の好きな性格なのだろう。
――このヤング・レディが将来のウェステンフォーク侯爵夫人になれるのは、彼女にとっても侯爵家にとってもまさしく僥倖ね。
広大な所領を有する爵位貴族の当主の夫人ともなれば、家内の経営をするだけでも相当の力量が必要とされるはずだ。見たところ少々頼りない印象のあのノーズリー卿の伴侶として、精力的で有能で仕事熱心なクリスティーンは理想的だろう。
――恋は人生にとって必須の要素ではないわ。大半の女にとって、身分相応の結婚だけが、社会的な地位とそれに伴う責任を引き受けられる唯一の方法なのだから。
なぜか無性に物悲しい気分でそんなことを考えながら、右手の中二階へとつづく階段を上る。
天井まである五段の書棚に緑の背表紙の蔵書がびっしりと並んでいる様子はなかなかの壮観だった。
真ん中の部分だけが少しばかり開いて、金色の額縁に納まる大小さまざまの肖像画が架かっている。
真ん中の一枚は白い円い襟を大きく立てた古風な赤いドレス姿の若い貴婦人の肖像だった。
広く開いた真っ白な胸元に、きわめて精緻な筆跡で、細かな琥珀の粒をレース編みのように連ねた首飾りが描きこまれている。
――あら、きっとこれが例の地琥珀の首飾りね。
これだけ精密な絵画が残っているなら、その気になれば簡単に複製が作れそうだ。
地琥珀ではなく琥珀を使えばそう高値にもならないだろう。
クリスティーンとハロルドの婚約披露パーティーが一週間後でなかったら、こっそり複製をつくらせるという手段もあったかもしれないが――……
――ああ、でもやはり無理ね。レディ・クリスティーンの〈クラレンス伯父様〉が――王室付き魔術師たるスチュアード卿も参列なさるのだから。ご覧になったらきっと一目で気が付いちゃうわ。
そこまで考えたところでエレンははっとした。
――もしかしたらそのため? つまり、首飾りは、もしかして……