第六章 花園での密談 3
「――言われてみればそのとおりね……」
沈黙を破って相槌を打ったのはクリスティーンだった。
ハロルドはなぜか青ざめている。
エレンは確信した。
この若い貴族は間違いなく何かを隠している。
「ハロルド、人面獅子は本当にヤードも映さなかったのか?」
「あ、はい。それは間違いありません」と、ハロルドが息せき切って応える。「うろ覚えなんですが、たぶん、あの自動機械人形が映し出すのは、〈夜明けから日暮れまで〉とは言い伝えられていますけれど、本当は博物堂の扉の鍵が開いているあいだ――だったような気がします」
「あ、それならヤードが映っていなくても不自然じゃないわね!」と、クリスティーンがほっとしたように頷く。「彼が扉を開けに通ったときの分は映っていなくて当然だもの」
「何だって君はそんな大事なことを後から打ち明けるんだ」と、エドガーが苦々しく言う。「人面獅子の正確な機能については、マダム・ロジェに訊くしかないのか?」
「いえ、確か東翼の三階の古い書庫に仔細を記した写本があったはずです。古典レーム語で書かれているうえに専門用語だらけで、素人が読んでもよくは分かりませんが――」と、ハロルドがちらっとエレンを見る。
控えめに言って、あまり尊敬を感じさせる視線ではなかった。
――何よ、わたくし風情じゃ分からないって言いたいの?
エレンが内心の苛立ちを押し殺してサンドイッチと一緒に飲み下していると、
「なんだ、それなら問題は殆ど解決じゃないか!」と、エドガーが気楽な口調で言った。「ここに最高の専門家がいるんだから」
「エドガー、あなたはよくよくこちらのお嬢さんがお気に入りなんですね!」と、ハロルドが呆れたように言う。
エドガーが眉をあげた。
「彼女の力量に対する正当な評価だよ。――一族の名誉に関わることだから仔細は打ち明けられないが、彼女は長く苦しみ続けていた母の心を救ってくれた。それに私の心もね」
エドガーはそう言って目を細めて笑った。
エレンが初めてみる穏やかな笑いだった。
「--それじゃ、午後は東翼の書庫で写本捜しね?」
クリスティーンがカスタードクリームをたっぷり詰めたタルトを齧りながらはしゃいだ声で云う。
「捜すってほどのものでもないよ」と、ハロルドが苦笑する。そのとき、執事のスティーヴンソンがカツカツと硬い足音を立てて階段を上ってきた。
「スティーヴンソン、どうしたんだ? 呼ぶまで誰も来るなと言っておいただろう?」
ハロルドが苛立ちも露わに咎める。
「申し訳ありませんノーズリー卿。レディ・ヘンリエッタがお呼びです」
「え、母上が?」
ハロルドが目に見えて狼狽える。
エドガーが眉をあげて訊ねる。
「もしかして私が来ているとお耳に入ってしまったのかな?」
「左様でございますスタンレー卿」と、執事が恭しく応じる。「侯爵夫人は西翼の応接室にて、是非とも卿にご挨拶をと」
「……あなたが来ていること、どこからばれちゃったのかしら?」
「カミーユだよ、当然」と、ハロルドが眉をしかめる。「スティーヴンソン、それ僕も行かなくちゃいけないのか?」
「レディは必ずお呼びするようにと」
上位権力からのお墨付きを得た執事の態度は慇懃無礼だった。
ハロルドははーッとため息をつくと、拗ねた子供の表情で執事を睨み上げた。
「分かった、分かったすぐ行くよ! お前はクリスティーンを東翼の書庫に案内してやってくれ。あの部屋に架かっている肖像画が見たいんだそうだ」
「承りました」
執事は恭しく答えた。