第七話! 地獄門と
リキは呼吸ができなかった。
目の前の現実が理解できなかった。
スピードスターの首が飛んだ。
首のないスピードスターが地面に膝をつき、そのまま崩れた。
そして彼は、消滅した。
カラン、という音とスピードソードを残して。
幻覚だと思った。
そうでなければ、スピードスターがふざけているのだと思った。
いつも理解できないやつだった。
しかし今回、理解できないのは、理解しようとしていないからだと、リキも気付いていた。
「……何が起こった」
そして彼は、ようやく周囲の状況を確認した。
周りには誰もいなかった。
リキだけがそこに立っていた。
そのはずなのに、
「何かお困りですか」
と、どこからともなく声が聞こえた。
聞き覚えのある声だった。
つい先日、聞いたばかりの声。
カラン、と再び音がして、
「まあ、お困りなのでしょうねえ」
リキが音の鳴ったほうへ目を向けると、そこには――
「私がそうしたのですから」
血の付いた刀を捨てている、住職がいた。
住職は、地に落ちたスピードソードを握り、慎重に拾い上げる。
まるで、それが自分の新しい刀だと言うかのように。
「住職……?」
リキの口から声が溢れた。
「ええ、私です」
住職はリキに目を向けず、「スピードソード」と名付けられた刀を眺めながら答えた。
「スピードスター……は……?」
「……? 死にましたよ」
なんでもない雑談のように、住職はスピードソードに付いた汚れを落としながら答えた。
その答を聞いて、ようやくリキは現実を捉えた。
住職が、スピードスターの首を落としたのだ。
「なぜ……スピードスターを……」
「はい、あなたのおっしゃりたいことはわかります。私も残念です。スピードスターさんには感謝していますから」
「では、なぜ! なぜスピードスターを!」
「このためですよ」
そう言って住職は、輝きを取り戻したスピードスターを掲げた。
「――ッ」
理解できなかった。
「そんなただちょっと光るだけの刀のために、お前はスピードスターを!」
「ちょっと光るだけではありません」
「…………?」
理解できなかった。
リキはこの短い旅で、スピードソードの特殊な能力は見ていない。
たまに光っていただけだ。
理解できなかったから、リキはそこで止まってしまった。
目の前でスピードスターが殺されたというのに。
目の前の男の、今までの、圧倒的に正しい行動を知ってしまっていたがために、リキは動けなくなった。
「私はなにも、貴方と敵対しようというわけではありません」
住職は、リキが止まったのを見て、話しだした。
「ただ、こうしなければならなかった」
「……スピードスターが殺される必要が、どこにあった」
リキはただ静かに訊いた。
その話を聞いてしまった。
「私はこの刀を手に入れなければなりませんでした。そこにはただ手に入れるだけでなく、この刀の所有権を私に移す必要がありました」
「だからなぜ! その刀を!」
「この刀には、特別な能力があります」
聞きだしたものは止められない。
「なにものにも代えがたく、すべての代えとなる能力――『主人の能力を複製する能力』。それがこの刀にはありました。この刀は様々な主人の能力を複製しては主人をなくし、また新たな主人の能力を複製しました。しかしその能力はあまりにも危険でした。この刀には、神の奇跡も命を懸けた呪術も死の導きも、それが所有者にあれば複製できるからです」
住職はため息をついた。
「だから、私が封印しました」
それは、過去の話。
だが、リキには関係のない話。
「……やはり、理解できない。お前は何を言おうとしているのか。お前の目的は何なのか」
「では簡単に、目的とその手段だけお話ししましょうか」
再びため息。
「これは私の、失敗の話なのですが――、この刀を封印したように、私は自分の『封印する能力』を使って、様々なものを封印してきました。邪神、悪魔、妖怪、呪詛――人に禍をもたらすものをとにかく封印しました。人に平穏をもたらすために。そして私は、昔、地獄を封印しました。死んだ人間が地獄に行き、苦しい思いをしないですむようにと、ただそれだけの理由でした。しかし、それが失敗だったのです」
失敗。その言葉には、重い責任感が込められていた。
封印という、人間が一人で負うには強すぎる能力を持ち、それを人のために使った人間一人の責任。
「地獄をなくした人間は、その存在という抑止力を失った。他の人間に咎められるまで悪事をはたらき、咎められなければ何でもした。勝てば責任を押し付けられると戦争を起こし、咎める者をすべて消せばいいと虐殺の限りを尽くした。地獄をなくした人間は、人間ではなくなった」
住職はついに、その目的を告げた。
「だから私は――地獄の封印を解くのです」
そして、その手段を告げた。
「この刀――スピードソードの複製した、スピードスターの能力――『解放する能力』を使ってね」
そう言って住職は、スピードソードを再び掲げる。
「出でよ、地獄門」
辺りの空気が一変した。
おぞましい空気。死がそこにあるという恐怖感とともに、禍々しい門が出現した。
五メートルはあるだろう、赤い門。
左右の扉の間を繋ぐように付けられた御札を、住職は迷いなく突き刺す。
「解放」
一言呟くと、御札は消滅し、その扉が開かれた。
「――ッ!?」
リキは自分の感じた恐怖の正体が何なのか、まだ知らなかった。
だが、すぐに知ることになる。
「お久しぶりですね」
住職は開いた門に向かって話しかけた。
「閻魔さん」
それは、門から出てきた。
死者を裁く、地獄の王。
「貴様、何を望む」
「取引をしましょう。この地をさしあげますから、この地を地獄にしてください」
「よかろう。では、我はこの『地球』をいただくとしよう」
「――ッ!?」
直後、閻魔の腕が動き、住職の首が飛んだ。
「……!?」
リキは最後まで、理解できなかった。
「フハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!」
閻魔は笑っている。
リキが理解できたのは、地獄が復活したことと、それがどうやら最悪の状況になろうとしていること、そして、住職が死んでしまうだろうことだけだった。
「住職!」
リキは住職に駆け寄った。
生きているはずがないと知りながら。
「……失敗」
しかし、住職の口が動いた。
地面に転がる住職の目がリキを見て、話す。
「これからの人間を頼みます、リキさん――」
いつのまにか住職の手から消えていたスピードソードが、住職の体を貫き、住職は消滅した。
「――グオオオオオオオオオオオオ!」
リキは、目の前の敵を倒すことにした。
巨大化した腕を、叫びながら振り上げる。
「フンッ!」
しかしその腕を、閻魔は軽々と止めた。
そしてリキは、吹き飛ばされる。
「グ――オオオオオオオオオオオ!」
それでも、リキは立ち上がり、また閻魔に立ち向かう。
「フハハハハハハハハハ!」
そんなリキを見て、閻魔はその大きな右腕を構え、
「地獄へ堕ちろッ!」
振り下ろし――
「サモサッ!」
その攻撃は、防がれた。
そこには、言うまでもなく――ムキムキののハゲたインド人がいた。
「下らんッ!」
閻魔は左腕を振り下ろし――
カン、という音とともに、その攻撃は防がれた。
そこには、固まったままの泥の怪物がいた。
「貴様らァ!」
閻魔は左足で蹴り上げ――
「ピィーッ!」
その攻撃は、大きな鳥に防がれた。
「地獄がァ!」
閻魔は右足で蹴り上げ――
「この程度のことなら礼にもならんと思いますが」
「オイラだよー!」
その攻撃は、河童達に防がれた。
「怖くないのかァ!」
と叫び――
「ナマステ!」
というインド人達の叫びにかき消された。
それは、住職に封印され、スピードスターに解放された者たち――インド人達は知らない――のお礼。
「地獄なんて、怖くない」
リキはそう呟いた。
スピードソードが空中に浮かぶ。
リキは確かに、聞いた気がしたのだ。
住職の、最後の言葉。
『これからの人間を頼みます、リキさん――そして』
そして、彼の名は。
誰にも縛られることがない、彼の名は――
「俺の名は、超! スピードスター!」
地獄門から飛び出した彼の手にスピードソードが握られ、誰にも追い付けない神速で、彼は閻魔の首を斬り飛ばした。
「この世で一番速い男だ!」




