メンヘラっけを感じるんだよなぁ……。2
この一ヶ月の、彼を自立させようとする試みも、もしかすると彼自身を不安にさせていたのかもしれない。
よく考えてみればそのことについて、彼にまだ、しっかりと話をしていなかった。そしていつも、可哀想になってしまった私が折れて、不安にさせては安心させというループを繰り返すだけになってしまっていたのかもしれない。
「取り乱してしまい申し訳ありません、でも……でも本当に私は、どうしてこんなに……。何も無い私が、ただ付き従うだけの私が……悪かったと仰るんですか」
それは私に向けての言葉では無いような気がして、クラリスが言ったことなのだろうと察しがつく。涙声は聞き取りづらくて、それでも彼の悲痛な叫びは心が痛い。
……必要無い事なんて無い。私にはヴィンスが必要だ。何もしてくれなくても、従者じゃなくとも、たとえローレンスに私のことを報告しているのだとしても、だ。この世界にきて、初めてヴィンスがいてくれた時から私はずっと、貴方にだけは私を認めて貰えているのだと言う自信がどこかにあった。
それが、無くなるのがすごく怖い。ここでヴィンスまで私の前から、居なくなってしまったら私はもう、この世界でひとりぼっちになってしまう。
そう思いながら手を伸ばす…………でも、それは、きっといけない事なのだと分かる。ここで私が折れてしまえば、彼はきっと、他人に委ねることで、安寧を手に入れるだけの人間になってしまう。
グッと拳を握って、それからヴィンスの肩を軽く押した。
「ごめん……私は貴方の事を必要ないなんて思わない。でも、きっと、つき従われたままじゃ、いつか取り返しがつかない事になる」
折れて、貴方だけが必要だと言いたい。
私もヴィンスに問いたい、貴方だけは、クラリスでは無い私を認めてくれるよね、と。
彼は顔を上げずに、私の手を強く握る。
その仕草がまるで、私に願っているようで喉が詰まる。
「ヴィンス……私もクラリスと同じ事を言ってしまうけど、……どうか誤解しないで。付き従っているだけじゃダメだよ。自分を持ってヴィンス、でなければ私は、貴方の隣にいられない」
出来るだけ彼をこれ以上傷つけないように、言葉を選んだ。それでも、じくじくと心が痛い。
私の言葉にヴィンスは沈黙して、私も彼の言葉を持っていると、やがてするりと彼は手を離して脱力する。
「……」
「……」
罵られるかもしれない、私なんていらないと今度はそう言われるかもしれない。傷ついても、それで彼が罪悪感に包まれないように泣かないようにしなければと、私は覚悟を決めた。
「どうしたら……いいんですか……」
ボソボソと呟くような声だった。
「分かりません……私には、何も……貴女方がそう生きろと……私を拾い上げたのではありませんか」
暗くて感情の無い声。
きっと彼も昔、丁度私のように、知らない場所に勝手に連れてこられ、色んなこと指図されたのだろう。そしてそれに抗うすべがなかった。今更、きっと変え方が分からないんだ。
ヴィンスはおもむろに顔をあげる。その目は少し怒りをやどしているように思えた。
「……貴方様が私を必要として下されば…………」
口の中だけで言うみたいに、ぽつりとそう言って、手が私に伸びる。避けようと一歩引いたつもりが、ガクンと視界が回転して、いつの間にか天井が視界に現れる。
……っ、しまった……。
ヴィンスは魔法を使っている。私が避けられないのも当然である。今更ながら、背中と足が痛い。
両肩に重みを感じて、今度は明確な怒気を孕んだ瞳でヴィンスが私を見下ろしている。
表情は無表情となんら変わりがないのに、彼は怒っている。初試合でコンラットを蹴り倒した時のように静かに怒っていた。
彼の緑の髪がサラリと耳から落ちて、私をじっと見つめる。
「……、……クレア、貴方様の体が不自由ならばどれほど良かったか、と私が何度考えたか知っていますか?」
彼の言う必要としてほしいという気持ちが、もはや手段を選ばなくなっているのではないかという疑問が警鐘を鳴らす。
……不自由なら、って、不自由……それはダメだ。
「クラリス様とは違って、貴方様がどうしようもないお方だったらどれ程かと。自分に甘く、私になんでも命じてくださる方だったらどれ程かと……」
わかってた、多分、私はちゃんと意識しないだけでそのことを、わかってた。でも、それは、ただの依存だ。そんな関係には未来も何も無い。
「…………私は、何か間違えましたか?あなた方に捨てられるような……酷い間違いをしましたか」
グッと強く肩を握られて、肌に指が食い込む。さきほどの私が不自由であればという言葉を思い出し、助けを呼んだ方がいいのではないかと思う。
「無くなった四肢は、魔法では回復しないそうですよ……クレア」
「っ……い゛っ、」
さらに強く握られて、ミシッと骨が軋む音がする。
「私が必要だと、仰ってください、クレア」
「ッっ、む、り」
「……クレア!お願いします……お願い、しますから」
……ダメだ、ダメだ、ダメだ!痛い!っこのままじゃ本当に腕がもげる。物理的に無くなる。それでも、一度決めたことを覆したくはなくて、必死に歯を食いしばって痛みに耐える。
「ッ……、っ!」
……。
ふと、痛みが軽くなる。
頬から涙がこぼれ落ちた。
ヴィンスは魔法をといてたち上がる。それから私に用は無くなったとばかりに、歩いて部屋から出ていった。
その光景を見ていたら、なんだか自分が捨てられたような気持ちになって、ハラハラと涙がこぼれ落ちた。うずくまって、誰にも聞かれないように静かに泣く。
……自分の主張を通すってこんなに辛いことも、あるんだ、ね。
今まで折れてばかりだった自分には馴染みのない痛みだった。慣れない痛みは処理の仕方が分からなくて、長い間ずっと痛みが引かなかった。




