不眠症ってやつでは……。6
稽古でクタクタになって、シャワーを浴びて眠ると、何か擽ったいようなものが頬に触れて何となく意識が浮上する。
無意識になにかを払い除けると、人の手だったらしくパシと音が鳴った。
……なん……なんだ……あー。眠たい。
今日は休日のはずだ。おかしいな。それに天窓が開けっ放しなのだ。朝が来ればスッキリと起きられるはずなのに妙である。
布団にくるまって寝返りを打つと、強引に肩を捕まれ、無理やり起き上がらせられる。
「ン……っ、うぅ……なにぃ」
やはり部屋は暗い、しかし誰かが居るという事はわかって、掴まれた肩の手に触れると男性の手で、状況を理解してさぁと血の気が引いた。
「ひっ、ンッ」
口を手で覆われて、叫ぶに叫べない。振り払ってまで助けを呼んだ方がいいのか、それとも私の知っている誰かなのか、そう考えて、暗闇の中で私の居るベットに腰掛けている人物を見た。
「……おはよう?クレア」
……人が寝てる時に入ってくるなんて……最低。
その声には聞き覚えがあった。甘ったるくて、心地の良い声。少しハスキーがかった柔らかい声。
「ッ……驚かせないで、ローレンス。それにいくらなんでも就寝中に無断で入ってくるってどういう神経?」
まだ眠っているはずの時間に起こされたのと、驚かせられたイライラで彼に苦言を呈する。すると、ローレンスは相も変わらず、嘘みたいな笑みを浮かべて言う。
「私が私の物の部屋に入るだけなのに、なぜ許可が必要なのかな」
「……」
本当に相変わらずである。
私が襲われてからローレンスはこんな調子だ。もちろん私からは会いに行かない。出来ることならば話をしたくない。けれど彼は違う。勝手に会いに来るし、部屋に入るし、私の情報は大体全部知っている。
……あぁ、でも進歩と言えば、妙な甘言を私に言わなくなった。少しは自分の寂しがりを自覚したのかも知れない。
「それで?なんの用」
「特に用はないね」
「……何しに来たの……」
他人に見られないようにか、ローレンスは深夜に来ることが多いが、今日は早朝だ。やめて欲しい、迷惑極まりない。そして寝てる人を無理やり起こす、その神経も分からない。
彼が来たからには、もう寝かせてはくれないだろうと思い、私はベットから降りる。
すると後ろからついてきて、彼用に椅子を引いたら、素直にそこに座った。ランプを一つつけてテーブルの上に置く。
時間を見ればまだ深夜と未明の間ぐらいの時間だった。
「……本当に……ローレンスは不眠症か何かなの?」
「君になんの関係があるのかな」
あるだろう、こうして起こされているんだからという言葉を飲み込んで、水差しに入れてあるお水を飲んで、いつもの通りに癖で髪にリボンを結んだ。
何も話す事もなければ、彼の方も私に用もない。
……でも、放置するのもな。だって、私が何もしない言わないを突き通すと、ローレンスは私を詰ってくる。割とそれが正論ばかりで心に刺さるのだ。
……よし、もう起きちゃったんだし、なにかするか……。
窓を開けて空気を入れ替える。まだ、日が昇っていないので冷えた風が部屋の中に吹き込んでくる。少し寒いが、気分がシャッキリとする。
しんと静まり返った学園が、私の部屋からははっきりと見え、澄んだ空気がどこまでも鮮明に映し出していた。
……いいよね、こういう、誰もいない時間に自分だけが見れる光景ってのは。
「好きで起きているんだったらいいけど、眠くても眠れないんなら……可哀想だと思っただけ」
随分と間を開けて私が返事を言うと、彼は足を組んでぼんやりと目を伏せる。暗闇だと彼の表情は読み取りづらい。
「そんな事は無い。他人に哀れまれるような事など無いよ……もしくは君は私が可哀想であって欲しいのかな」
「違うよ……別に。ローレンス、貴方、基本睡眠時間て何時間?」
「……まちまちだね。特に記憶していない」
「徹夜は何日まで出来る?」
「三日かな」
「布団に入っても二時間以上眠れない事ってない?」
「あまりベットに入らないのでなんとも」
「お昼寝してる?」
「食後の休息は読書をしてるよ」
明確に答えてくれるのは、知られてもいい問題のない習慣や情報で、答えをはぐらかすのがローレンスの知られなくない事。そうだと仮定すると、彼は十中八九あまり眠れないタチなのかも知れない。
前世でのまったくいらないトリビアが役に立ってしまった。隠し事や嘘を見抜く時に、あまり関係ないことも一緒に聞くといいとテレビでメンタリストが言っていた。多分これであっている……ようないないような。まぁ、実の所よく分からない。
マッチで簡易的な湯沸かし用のランプに火をつける。よくお茶を飲むので買った物だが意外と使い勝手がいい。それから鉄製のポットでお水を火にかけた。
「……何をしている?」
「貴方には関係がない……て言ったら怒る?」
「怒りはしないよ、それにいつも私は怒ってなんていないだろう?助言はしても、怒りを向けた事は無いよ」
「……うん」
そうだ。確かに怒っていると言えば、怒っているし怒ってないと言えば怒っていない。自分が責められるような事をローレンスはしない。強いて言うなら私を虐めているとか詰っているとか正論を浴びせているということだ。
でも、彼がそれをやるのは、自分の意思や感情に、私が沿わなかった時なのだ。その仕返しとばかりに、詰ったり虐めたりされるのだから、彼が、怒ってはいなくても、私からすれば怒っているに違いがない。




