腹黒男め……。8
こっぴどく叱られる事、三時間。
私と男子生徒はすっかり水気が乾いてカピカピになっていた。
「オスカー!!クレア!!しっかり反省したね?!」
「はい」
「はい」
「さあ!お互いに謝んなさい!!」
「ごめんね」
「すまん」
説教の序盤、ひたすらに反発を続けた私と、男子生徒改め、オスカーはそれこそロボットさながら、ベラの言葉に従っていた。
「よしっ!!そんならこの件は終わりだよ!!各自シャワーを浴びて入学式!」
私もオスカーも「はい」と返事をして、踵を返す。
やっと解放される、疲れた今すぐお風呂に入りたい……。
「おっと、忘れてた食堂の掃除!!二人で仲良くしてから入学式だね!!急ぎな!間に合わなくなるよ!!」
そう言われて肩をガックリ落とす。
二人で掃除か……まだそっちに参加できそうにないよ、ヴィンス……ごめんねぇ。
涙ながらに着替えを取りに自室へと向かった。
私が長い髪を乾かしている間に、オスカーは既に掃除を始めていた。彼も洗い替え用の制服に着替えて来たのだろう、しっかりとジャケットまで羽織っている。
私が食堂の扉を開くと、一度こちらに視線を向けただけで、床を雑巾でふく作業に戻る。
側までよれば一応、私の分の雑巾も用意してあった。
……ここは、私が折れるべき……だよね。
さすがに、突っかかったもの私で挑発したのも私だ、それに彼はまだ、子供、未熟なのだ、いい歳した私が意地をはってどうする。
しゃがみこんで彼の前に座った。その行動にオスカーは、少し訝しんで不機嫌そうにこちらに視線を向ける。
「……ごめんなさい、オスカー。突っかかってしまって、入学式早く参加できるように急ぐね」
誠意を込めてしっかりと謝り、雑巾を手に取って私たちが散らかした食材を片付ける。
彼の神経を逆撫でしないように、お嬢様言葉はしばらく使わない事にしよう。
そうして私たちは黙々と掃除を続けていた。
少し時間が経ってから、オスカーが話し出す。
「……聞いていいか?」
「ん?うん」
「あいつ、嫌がってた……のか」
あいつって誰?……うーん?嫌がってたってもしかして……ソーセージ取られてた子?
「ディック、俺に媚びてくるから、てっきり、見返りが欲しいのかと思って、気分よく貰ってやるのも務めだろ?」
「……」
……もしかして、これって、もしかするのか。やばい、私、ものすごく勘違いで彼を挑発したかも。
「俺だって、搾取するつもりはなかったんだ、同じ学年でダチになるって奴に施しばっかりじゃ、味気ねぇだろ」
「う、うんん」
あああぁぁあ!!ももも、もしかすると、オスカーとディックなる男の子のウィンウィンなやり取りだったんでは?!
「オ、オオ、オスカーの家っておか、お金持ち??」
「いや、所詮は成金だ、本物の金持ちや貴族とはわけが違うんだ。偉そうに、ディックを少し助けてやるって思っちまってた、それに助けてやるからにはあいつも俺に譲ってるって感覚があるべきだ、なんて思っちまってた……」
そういう事っ?!そんな事ある?!いや、前世でも、一般庶民出身の私には縁遠い価値観すぎてまったく、これっぽっちも、頭にない価値観だった。
世間が狭くて、視野が狭くて、浅はかなのは私の方だったよ!!
どど、どうしよう。ディックにもオスカーにも申し訳ないぞ。
「でも、そんなの対等じゃねぇよな。家が、他の上流階級と繋がりないせいで、同じ家柄の人間と会えるこの学園を楽しみにしてたんだ」
焦りに焦って手だけ猛烈に急いで動かす、掃除は得意だ。何年、一人暮らしやってたと思ってるのよ!
「貴族にも劣らないって証明したかったんだ……それでも正直、井の中の蛙つってさ、ずっと田舎で一番だった俺を格式のある家柄のやつは見下してんじゃねぇのかって」
すっごい語るね、オスカー!まぁ、いい罪滅ぼしだ.。黙って聞こう。
彼が思い出に浸りながら同じ場所を擦っているので、その間に生ゴミを袋に入れて、雑巾を何度も濯いで床を吹き上げる。
「そう思うと、やっぱり、俺に媚びるやつが金目当てでも嬉しいもんで、でも、お前みたいなやつ挑発されて簡単に乗っちまうし、暴言は言っちまうし……今後ディックにせっすりゃいいか……わかんねぇな」
一応二人の関係について大部分は理解することが出来た、そして掃除も終わった。バケツを彼の前に持っていけば「サンキュ」と雑巾をすすぎ始める。
浅はかだったな、私、実に浅はか。世界が違うのだから、もちろん常識も違って然るべきだ。
……まぁ、それでも黙っていては始まらない、理解もできない。前世の悔いを、晴らすためにも。
「オスカー……私ね、実はお嬢様じゃないのよ」
「……」
思い切ってそう言った。とにかくそれを伝えなければ。この後に私がなにを言っても偽物になってしまうと思ったからだ。
彼の反応を伺うと、少し驚いているというか、キョトンとしていてぽつりと言う。
「今更じゃね?」
「……そ、そうなの?」
「いや、謎だったけど……同じ歳、同じ家名の兄弟らしいやつに従者やらせてるって意味わかんねぇから、謎」
「兄弟……ヴィンスと私が?」
「違ぇのか?」
違うが、違うと言っていいんだろうか。確かに同じ家名、同学年常に一緒となると。双子ではなくても、腹違いの兄弟説が一番最初に浮かぶだろう、けれど、主従関係があるようにみえる、そうすると確かに謎だろう。
多分、それもこれも全部ローレンスのせいだと思う。彼が勝手に私の名前をそう指定したのだから。
「う、うーん……ま。まぁ、それはそれとして」
すぐには答えが出なかったので、手で一旦置いておくとその話を横にずらすジェスチャーをする。
「庶民の価値観だけど、この多感な時期に、そういう友達同士の付き合いはやっぱり私は反対かな、どんな大人になるにせよ、ずっとそばにい続けられるんじゃない、それぞれが別々にも進めるような関係の方がいいと思う」
「……お、おう。お前、ただの変人じゃなかったんだな」
「そういう貴方だって、大分キレ症に見えたわよ」
「お互い様か」
「そうだね」
ふっと彼は表情を緩めて、バケツを持ち上げる。
「ふわっとした事、言ったけど、多分、誠実に接してそれで、ディックがオスカーといても何もバックが無いと思えば、彼の方がきっと自分からアクションを起こすよ。それまで気のいい友達でいたらいいんじゃ……無いかなと、浅はかながら発言させていただきます」
途中で、何を偉そうにと私自身が恥ずかしくなって、丁寧な言葉で締める。
オスカーも、私の答えに納得したようで「だな」と同意した。
汚水を流してゴミを処理し、やっとひと段落つく、さてやっとこれで入学式だと心を改めて時間を確認すると、もう既に、入学式終了の時間をとっくに過ぎていた。




