仲直りって大事だね。 1
「あなた方ってそれほど……その、それほど距離が近かったかなって思うのだけど……」
私の前に立って、嬉しそうに私の頬を癒すヴィンスを見てアナは言った。
傷がゆっくりと治るのは心地が良くて、それも自分で集中してではなく、他人が気遣いつつ治してくれるとなると正直とても気持ちがいい。
そんな理由でまどろみながらヴィンスの手って心地いいなと思っていた私をアナのオドオドとした声が現実に引き戻す。
「いや……あははっ」
説明しようとしたが、なんと言えばいいのか分からずに、適当に笑う。ヴィンスに何か良い説明はないかと目配せをしてみた。
「このぐらいの距離感は日常茶飯事です。アナ様」
「……そう、だったのね」
平然とヴィンスはそう言い放ち、私は、違う、そういう事じゃないと思うが、良く考えればそんな事より気になることがあった。
「というか……アナは……“私”とは初対面だよね?」
ララが気がついていないのでてっきり、皆、大体、クラリスとクレアをちゃんと別物だと考えていると思っていたのだが……。
「あ、そうですよね。昔の事を話さない方がいいですよね。ごめんさない。……えっと……クレア」
「うん、そうだね。アナ。……改めて……初めまして」
「ええ、初めまして……ところで貴方がたはどうしてこんな所に?授業中だから、誰もいないと思って大声で話をしてしまっていたから、すごくその、見苦しい所を見せちゃったと思うんだけれど……」
アナは少し恥ずかしそうに視線を下げて言った。それの説明も面倒だなと思ったが、アナとララが、どうして、同じく今ここにいたのかの理由を聞きたかったのでこちらも説明をする事にする。
「えっとね、模擬戦で派手に怪我しちゃってね、療養中」
ってことになっている。実際はクラスメイトのトラウマのための療養中だが。
私がそういうと、アナは、「模擬戦ですか……」と呟いた。そういえば先程もララとその話題が上がっていたような気がする。
「それではやっぱり、負けてしまったの?」
「ううん、勝っても無いけどね。そこだけはやっぱり譲れないよ!」
「そうなんですか……」
「アナの方は?どうして貴方もこんな時間にこんな場所で?」
私も質問をし返すと、アナは少し眉を寄せて、それから話し始める。
「先日の模擬戦、私は足を引っ張ってしまって、そのせいで勝つ事ができなかったの」
「そっか、それで喧嘩?」
「違うの…………」
アナはお下げを弄びつつ、心細いような声で言う。
「私、この学園を辞めようと思っているの」
驚きの言葉に一瞬固まる。私の反応を見て、アナは困ったように笑顔を見せた。
「やっぱり、そういう反応になるのは当たり前だよね。それはわかっているの。ここまで来るのに、本当に色々なことを頑張ったし、ララちゃんに引っ張られてここまでやってこれた」
「……」
「……でも、もう、疲れちゃった。私とこの学園にいる人達って、まったく別の世界にいるんだって、いい加減、理解してしまったの」
「例えば……どんなところが?」
「そうだね……」
彼女は空を見上げてしばらく考える。ララに打たれた頬が赤くなっていて痛々しい。私は仲睦まじい二人のことしか知らなかったので、なんとも言えない今の二人の空気感に、こちらまで寂しくなるような思いがした。
「例えば……全力で戦うのに、普段はクラスメイトとして同じ授業を受ける事に平然としているところとか……」
心の中で、分かる!っと強く答えた。確かにその通りなのだ、だって、下手をすれば、体が真っ二つになってもおかしく無い攻撃を迷わずするような人達であり、そしてそれでも、当たり前のように学生生活を送っている。
それは前世で安穏と普通に過ごしてきた私からすれば、異様だ。怖い。
アナも同じ気持ちなんだろうか。
「私の身分じゃ恐れ多いような人達が沢山いて、皆、心底真面目に、魔法使いを目指しているところ……とか」
アナは私を見る。
原作での彼女は、魔法学校に通うララに連れられるようにして、入学した。努力もできて勉強も得意で、優しく可愛らしい。そして……常識人らしさがある。
「私じゃ多分、この先へはついていけない……そんな事、魔法学校卒業する時にわかってたんだけれどね」
「そうなの?」
「うん、でも、ララちゃんのこと放っておけなかった、それに多少は私でもやれるかもっていう気持ちもあって、でもやっぱり、何となくわかるんだ、ここは私のいる場所じゃないって」
明るくそう言う。何となく、アナはララよりも少し先に、一歩前にいて大人になったのだろうと思う。
これは、きっと足を引っ張ったから、悲観的になっているからの結論ではないのだろうなと直感的に思った。
思慮深い子なのだ。そして、傍から見れば、納得が行かずとも本人がそうだと思ったら、そうなのだというか……そんな感じだと思う。
止められそうにないし、そもそも私に止める権利など無かったと思い直す。
ただ、止めるという方向に意識が自然と向いたのは、少し寂しいからだろうか。
こんな早い時期に原作のメインのキャラであるアナが学園を去るということは寂しすぎる。そう私が思っているからなのかもしれない。
「決定事項なんだね」
「そうなの。ララちゃんにいいタイミングだから伝えたら、すごく怒ってしまって。ごめんね。私達の喧嘩を止めようとしてくれたのに、ララちゃんすぐ手が出るから」
「いいよ、全然…………いつ頃、学園を去るの?」
「明日」
「え……それは急だね?準備とかは……」
「終わってるの、あとはララちゃんに言うだけだったから」
そうか……それなら最後にアナに一目でもあえて良かったと思うが、同時に、やっぱり寂しいような気がする。ララの一番の親友である彼女は、どう思っているんだろう。ララに納得して見送って欲しいと思っているんだろうか。
「やっぱりすごく怒ってたね。想像はしていたけどさ…………寂しいのかな……私がいなくなっちゃうと……」
「そうだと思う」
「そうだね……わかっていたんだけれどな」
アナは独り言のようにそう言って、三つ編みを手で弄ぶ。
私はアナにもまだ心の整理が必要なのだろうと思い、なんとなく口を開かずにいる。すると、しばらくの間、無言だった彼女は、ふと私の方を向いて、私の顔を覗き込む。
「クラリス様ってララちゃんの事を……恨んでいないの?」
そう、少しだけ声を潜めて聞いてきた。急な確認だったので驚いたが、答えは悩む事もなく言える。
「全然」
「…………今、学園にいらっしゃるのって、その」
「色々あってね」
「本当に無責任で、不躾な事をお願いしても良いですか?」
「う、それはモノによるよ?」
「いいんです、なんだか今、言いたくなっただけだから」
アナはそう言って微笑む。
それは、お願いを聞かなくてもいいっていうことなんだろうか。
……でも、学園を去る人の最後のお願いなのだとしたら、出来るだけ聞いてあげたいとも思うような気もする。
うーんと私が悩んでいても、彼女はそんな事を気にせずに、口にする。
「ララちゃんと、よければ今度は仲良くしてあげてください」
「ララと……か」
「うん、二人は最初っから立場が、当たり前に対立してたけど……魔法学校時代から、思ってたの」
寂しそうな、少し苦しそうな笑顔だった。
「ララちゃんと対等に張り合っていたのは、貴方だけだった。この学園から居なくなる私は、ララちゃんの事を見てあげられない。本当に無責任なお願いでごめんね」
「……うん」
私の方も少し悲しく思う。アナはその役目を自分が背負いたかったんじゃないだろうかと。
けれど、無理なこと、出来ない事はあるのだと、彼女はそれを知っている。ずっと引き上げられてきた彼女が、ある種、対等になるための唯一の選択肢がこの学園を去ることなのかもしれない。
「私、荷物の準備があるからそろそろ行くね。明日、午前中に出ていくから、もしかしたらまた会うかも……じゃあねクレア、お話出来て良かった」
手を振ってアナは去っていく。私も振り返した。
けれども、なんとも言えない複雑な気分だ。
そして今彼女が言ったお願いは、私にではない。私には叶えようがない。だって、きっとララと張り合えるような天性の才能を私は持ち合わせていない、崖っぷち悪役令嬢に成り代わっただけの何の変哲もない凡人だ。
クラリスに言っておこう。今の彼女がどう動くかは分からないけれど、クラリスを慕ってのお願いなんだから。
「クレア……どうかされましたか?」
「ううん、別に」
「お部屋に戻って紅茶でもお淹れしますよ。ベラへはブレンダ先生に話を通していると言えば問題ないでしょう?」
「そうだね」
私の心中をわかってか、それとも知らずのうちにかヴィンスは私の手を取ってくれた。食堂のドリンクよりも彼の淹れた温かい紅茶の方が今は飲みたい。
当たり前のように、そう望んで、そしてそれに応えてくれる人が傍にいてくれる事は何よりも尊いものなのだと、なんとなく思った。




