『後部座席に荷物があります』
最近の車は、多機能で便利だ。
自動運転やら、電気自動車、挙げ句の果てには水素だろ?
それに、内部だって細かいところがある。
スマホと連携すれば、音楽が聴けたり電話が出来たり。
色々な案内だって、してくれる。
そんなこんな、便利な時代になったのだが―――
▪▪▪
俺の名前は、轟木剛史。
地方のゲームセンターに働いている、フリーター。
今日の夜勤を終えて、帰るところだ。
「お疲れ様でしたー」
同期や先輩の社員に挨拶をして、車に乗った。
(あーあ、明日も夜勤だし……早く帰って、寝よっかなぁ)
そう思いつつ、車のエンジンをかける。
「と、なれば……」
普段なら、少々遠回りして街灯がある市道を走る。
今日は急いで帰りたいから、夜は滅多に通らない農道を走ろう。
「さて、帰るか」
こうして、俺は帰路へと車を走らせた。
▪▪▪
市道から外れ、農道へ逸れた。
街灯は、市道と比べれば明らかに本数が少ない。
その為か、異世界に迷い込んだ……とは言い過ぎだが、暗さがおっかない。
(……うう、やっぱりおっかねぇなぁ。って、確かこの先に……)
この先に、緩いカーブがある。
……のだが、随分前に事故があってお地蔵さんがある。
その時に、何故か『お地蔵さんに手を合わせてはいけない』事を思い出した。
あれは『死者を供養するために置かれた』事だからと―――
――その、カーブに差し掛かった。
右手側に、お地蔵さんが見える。
その地蔵と、目線が合った。
と、思った瞬間。
お地蔵さんに向かって、ハンドルが引っ張られる感じがした。
いや、感じではない。実際に引き寄せられる。
(これは事故る!!)
そう一瞬で思い、ハンドルを逆方向へ回しながらカーブを曲がりきった。
「はっ……はっ……」
さっきの出来事で、冷や汗をかいている。
(こ、この先に)
確かチェーン装着場があったはずだ。
少し気持ちを落ち着かせてから、帰りたい。
数分で、装着場へ着いた。
即座に入り、車を出入口付近に止める。
もう少しで、単独事故になるところだった。
次からは、と言うか……やはり市道の方が良いと思った。
(……?)
ふと、スピードメーターの横にある小さな画面に目がいく。
そこには、時刻や速度制限など、様々な項目を知らせてくれるものなのだが……
『後部座席に荷物があります』と、書かれている。
確か、ディーラーの人に聞いた話だと、荷物を乗せ過ぎると警告が出る仕組みらしい。
……だが、その話を聞いた俺はその表示が出るのが嫌だから、荷物は基本的に乗せないはずだった。
(おい、これってまさか)
振り向きたくないが、見るしかない。
ミラーから後部座席を見ると、そこには長い髪の女性が座っていた。
(!!!)
その一瞬で物事を悟り、俺はエンジンをかけて装着場を出た。
後ろに乗っている彼女は、明らかにこの世のモノではない。
(とにかく、明るくて人が居る、ところ)
確か、この先にコンビニが一軒あった。
そこで夜を明かさないと、彼女を連れて帰る事になる。
……そして、何キロか走ったところでコンビニを見つけた。
そこで俺は、日が昇るまで雑誌を漁る事になった。
▪▪▪
日を跨いだ、朝。
俺はようやく、家へ帰れた。
(……もう、限界……)
着替えもせず、布団に潜り込んで寝てしまった。
それから、何時間寝たのだろう。
携帯の着信音で、目が覚めた。
「……ん、んんー?」
寝ぼけながら携帯をみると、時刻は出勤の時間が迫り、同期の一人で早番をしている三好からの電話が何度か来ていた。
「うわ、やべぇ」
そう呟きつつ、先に事務室の電話にかける。
『……はい、もしもし』
この声は、社員の新田さんだ。
「お疲れ様です、轟木です」
『ああ、轟木君。まだ出勤してないけど、何かあったの?』
ふと、昨晩起きたことを思い出した。
だが……言ったとしても、信じて貰えないだろう。
こうなったら、だ。
「すいません、突然体調が悪くなって……電話しようと思っても、出来なかったんです」
『……あら、そうなの。最近ほぼ遅番メインで入って貰っているし、今日ぐらいは私から話を通して休みにして貰うわ』
「……あ、ありがとうございます」
お大事に、と言って彼女は電話を切った。
話が通せる、新田さんで良かった。
「次、は」
三好の携帯に電話をかける。
この時間なら、仕事が終わっているはずだ。
『たけちゃん、どうしたんだよ。時間にぴったり来るお前が、来ないなんて』
開口一番、三好はそう言った。
三好は、オカルト系の話に通じていると前に話してくれた。
滅多な事でも口を割らないヤツだと信頼しているから、昨晩の話をしてみよう。
『……おい、轟木。それ本当かよ』
話を終えたあと、急に静かな口調で返した。
「ああ、本当さ。ハンドルを引っ張られたり、幽霊が居たりよ。怖かったさ……ははは」
『笑い話にしちゃいけねぇぜ、轟木。あそこ、ここら辺じゃ危ない場所さ』
三好によればだが――
あのカーブは事故の多発場所であり、あのお地蔵も事故供養として置かれたものなのだが、逆に『スポット化 (幽霊が出やすい場所) 』になっていて深夜帯は控えた方がいいとの事だ。
『まあ、たけちゃんが事故起こさなかっただけ、神様が助けてくれたんだろうな』
そう、三好は付け加えた。
それから、俺はしばらくの間、地蔵の近くを通らないようにしていた。
『あの出来事』を再び、起こさない為にも―――