第二話『門番』③
清流の静寂に、強烈な音が鳴り響いた。
剣戟音、硬いものと硬いもの、鋭いものと鋭いものがぶつかり合う音である。
斧で木々を切り倒してもこのような音は出ない。
剣で人の肉や骨を切ってもこのような音は出ない。
鋼と鋼が打ち合ったときにのみ響く音。
その一方はアーサーの握るロングソード。
そして、もう一方は少年が掲げた樫の杖であった。
「な―――に!?」
「気迫はよし―――しかし、まだまだ。剣を剣として使うところからやりなおせい」
樫の木はたしかに頑丈なm,奥剤だろう、、しかし杖の直径はせいぜい5cm程度ほどだ。
アーサーの技量であればであればそれを10本束ねても両断出来ていたはずである。
中に鉄芯が仕込まれているのか!?
アーサーが、そう疑うよりも速く、少年の杖が攻撃に転じる。
脇腹を狙った一撃を、アーサーはとっさに右の手甲でガードした。
「ぐっ!」
ガツン、と鋼板を叩く衝撃がそのまま肉に伝わり更にその奥の骨にヒビを入れる。
苦痛に顔をゆがめるアーサー。
やはり、杖に鋼鉄を仕込んでいなければ納得が出来ない。
「はっ!」
しかし、その攻撃は燕を思わせる速く鋭い、自由自在の連撃だ。
横薙ぎ、突き、袈裟懸け、逆袈裟、脛打ち、逆胴、目で追うことはもはや叶わず、衝撃を受けて初めて自分が打たれた場所を知るのである。
風切り音がする度に自慢の鎧がひしゃげ、歪んでいく。
「ぐうっ・・・・!」
「アーサー!!」
鎧越しとは言え、痛烈な連打を受けた青年はついに剣を落とし、その場に膝をつく。
鎧の内側は青あざだらけ、右腕だけでなく数カ所骨にヒビが入っているようだ。仮にその身が無事だとしても何度も打たれ歪んだ鎧では満足に動くこともできないだろう。
誰がどう見ても勝負ありだ、彼の勝利を願うマリンでさえもそう思った。
―――ーしかし
「………………まだ立つつもりか?見上げた根性だが、これ以上は無駄よ。悪いことは言わんからその娘とともに他所できちんと修行を積むが良い」
「そうは、いかない。今、この瞬間にも、妖魔の恐怖に怯える人々が、大勢いるんだ」
剣を杖に、青年は立ち上がる
ギィギぃと軋む音立てる歪んだ鎧と満身創痍の肉体。
その動きに一切の精彩はないが、それでも瞳は燃えていた。
「アーサー………………」
マリンはアーサーを止めなかった、止めることなどできるわけもなかった。
彼がこの日のためにどれだけ努力をしてきたかを誰よりもそばで見てきたのはマリンだ。
彼が立つなら、自分も覚悟を決めてともに立ち向かうだけだ。
「ほう………………」
少年が小さく感嘆の声を上げる。
見上げた根性の持ち主だ、いずれ大成するかもしれない。
「だが………………・どうやら次の客が来ているようじゃ、幕引きにさせてもらうぞ」
そう言うと、少年はすっとアーサーの胸元に滑り込みそのまま抱きついた。
全身に気を張り、あらゆる攻撃に備えていたアーサーも一切の敵意のない抱擁に反応できなかった。
「な、何を………………?」
先程まで戦っていた相手の予想外の行動に、どう対応するべきかを決めかねていると
「休め、怪我が治ったらまたいつでも遊びに来い」
少年がそう言いきると同時に、アーサーの全身に衝撃が走る。
そして、びくんと一度だけ体を跳ねさせて、その場に静かに倒れ込んだ。
「アーサー!?」
「案ずるな、気絶させておるだけじゃ。すぐに目を覚ますだろうから、連れて山を降りるが良い」
駆け寄るマリンに少年は優しくそう言葉をかけながら、油断なく背後の茂みを振り返る
「おーい、先客は片付いたぞ、次はお主の番じゃ」
「………………え?」
マリンは驚き茂みを見るが、どこを見ても人の姿はない。
しかし、眼の前の少年は旧知の客を迎え入れるかのごとく柔和な表情のまま茂みを向き続ける。
「…………………ちっ、お見通しかよ。カッコつかねえな」
すっ、と茂みの向こうから赤い髪の道士が姿を表した。
バツが悪そうに頭をかきながら、タオは河原に足を踏み入れる。
ジャリジャリと無遠慮に石を蹴飛ばしながら少年の正面に立つ。
「一応聞いておくけど、アンタが梁山泊の道士で間違いないよな?」