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仙風のアストレイ  作者: ナハトコボルト
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第二話『門番』②

木製のフェンスを飛び越えて暫く進み、タオは周囲の変化に気づく。

(すごいな、さすが霊山。そこらの山とは大違いだ)


植生自体は他の山に比べて特別変わったものではない、しいて言えばより葉が青々しく茂っているということくらいだ。

だが、そこに満ちている空気の質が異なっている。


(一呼吸ごとに体中に霊力が満たされていくのがわかる、道士の修行場に選ばれるわけだ)


霊力、それはあらゆる物に宿る魂、そこから発生する不可視の力である。

魂という言葉を出すと、どうしても生物にだけ宿ると勘違いをしてしまうがそれは誤りだ。

魂が宿るのは生物・非生物にこだわらない。

岩には岩の、風には風の魂がやどり、その魂が霊力を生じるのである。

霊が宿るからこそ、その形となり、その働きを示すのである。


この霊力の働きが弱いと、木々は枯れ、岩は脆くなり、人は病にかかり、時には死に至る。

逆に、霊力の働きを強めることができればその存在は強さを増しより優れた働きをする。


本来不可視であり干渉のできないこの力を知覚し、意のままに操る者こそが道士だ。

大気中の霊力を操れば風を呼び、雨雲を作ることもできる。

自分自身の肉体を霊力で補強すれば、その身は矢にも炎にも傷つかなくなる。

そういった『仙術』を修めるための場所には、こういった霊地が最適なのである。


肉体を鍛える時と同じで、霊力を使えば使う分だけその才能は磨かれていく。

肉体に蓄えられる霊力は有限で、一度使い果たせば十分な休養が必要となる。

しかし霊地であればその速度は段違いに早くなるため、その分だけ多く霊力を使う修行ができるのだ。

その繰り返しが道士の修行の基本となるため、修業の場による成長速度の差はとても大きい。


「―――梁山泊の道士、たしかに只者じゃなさそうだ」


そして、そういった霊地は常に道士達によって奪い合いになるのだ。

殆どの場合は決闘や金銭などで蹴りがつくが、ひどい場合にはどちらかが滅びるまでの闘争になりかねない。

それを長年守り続けたという事実だけで、梁山泊がただの愚連隊ではないことがわかる。



蜜のように濃厚な空気を胸いっぱいに楽しみながら歩き続けるタオ。しばらくすると河原に出た。

水量豊かな清流だ。時折魚が跳ねるのがみえる。

それを狙ったカワセミが当たりを油断なく睨みつけている。



周囲は川風の影響でとても涼しい。先程までの山道に比べて2~3℃ほど温度が低くなっているのがわかる。

日差しにてざされ火照った肌が風に撫でられる度にうるおいを取り戻すようだ。


「いい所だな………………」


タオは、このあたりで一度休憩することにした。

靴を脱ぎ、適当な岩に腰を掛けくるぶしをせせらぎに晒す。

上流に近い川の水はとても冷たく、汗や砂埃とともにその身に染み込んだ疲れを洗い流すようだった。



昼飯のサンドウィッチとごま団子を頬張りながら、つま先でくるくると水面をかき回す。

川の音、木々の音、鳥の声。時折パしゃんと、水面が揺れる。

街の喧騒とは無縁の場所で唯一人飯を食う贅沢。


こうしていると、常に自分の内側にある熱くてざらざらとした感情が落ち着くのがわかる。

このまま少し昼寝でもしてしまおうか、と呑気なことを考えていると―――。


きぃん、きぃんと、かなり遠くから異音が響く。

しかしそれは、タオにとって耳馴染みのある音だ。

川のせせらぎよりも、木々が擦れる音よりも、ひなが親鳥を呼ぶ声よりも。

剣戟音、硬いものと硬いもの、鋭いものと鋭いものがぶつかり合う音である。


音源は、かなり遠い。上流方向に1km以上離れているだろう。

しかしタオにはその音だけで散る火花や血の匂いを生々しく感じ取っていた。

濡れつま先を靴にねじ込み、荷物を背負い直すとせせらぎに逆らい走り出した。










「はぁああああ!!」


凄まじい剣幕で、鎧の青年が長剣を振り下ろす。

刃渡り80cmの両刃の西洋剣、いわゆるロングソードというものだ。

その一撃が水面をたたき、飛沫とともに川底の石を跳ね上げる。


無論、青年は川底の石を切ろうとして切ったわけではない。

全力で振り下ろした一撃をひらりと躱されてしまったのだ。



「ほうほうほう、なかなかなかなか見栄えは良いの。薪割り剣法としては見事なものじゃ」


と、鎧の青年の背後に、影が降りる。青年の胸ほどの高さしかない、小柄な少年だ。

最近では珍しくなった昔ながらの漢服を身にまとい、その手には身の丈ほどの樫の杖が握られている。

年の頃はどう見ても10かそこらだが、なにやら只者ではない雰囲気を漂わせていた。


鎧の青年は何度も何度も剣を振るうが、それを少年は踊るような動きでかわしていく。


「ほれ、まずは1つ!」


青年が見せた隙に、少年は鋭い突きを見舞う。杖の先端が青年の胸当てを直撃し、青年は後方へと大きく弾き飛ばされた。


「アーサー!!」

少しはなれていたところで見守っていた少女が、鎧の青年に駆け寄った。


「グッ………………大丈夫、マリンは少し離れていてくれ」

アーサーが胸元を押さえながら立ち上がる。

恐ろしい一撃だった、鋼鉄製のプレートメイルがべこんとへこんでしまっている。

もしあの一撃を生身の肉体で食らっていれば間違いなく即死していたことだろう。


「ほう、西洋鎧を叩くのは初めてだったが、思った以上に頑丈にできとるの」


少年は初めて間近で見る西洋鎧をまじまじと眺めている。西方諸国との交易の盛んな西部や中央ならばともかく、このあたりでは珍しい。

もっとも、この深い山を装備一式揃えて登ってくるものは都にもそうはいないことだろうが。


「―――もっとも、霊力をまとっていなければただの鉄の板じゃ。打ち抜くのは容易いよ」


一瞬の内に年の瞳から年相応の好奇の光が消え失せた。

あるいはそれは西洋鎧ではなく、アーサー自身に対する興味かもしれない。

飽きた。

その瞳が明確にそう言っていた。


「うぉおおお!!」


しかし、アーサーはその失望など知らぬかのように再び吠える。


「やれやれ、何度も同じことを―――」


ため息を一つ付きつつ、少年は回避行動を始める。

とは言え、左右や後ろに大きく飛び退いた訳では無い。ただまっすぐにアーサーに向かって歩みだしたのだ。

戦闘の最中とは思えないような落ち着いた速度だ。

『隣の部屋に、忘れ物をしたので取りに行く』 そんな日常の速度。


―――その速度のまま、疾走するアーサーの脇をくぐりぬけて背後を奪った。


「―――っ!?」


その瞬間、ガクンと少年の体が沈んだ。


足元に目をやると、河原の石と石の隙間に少年の右足首が埋まっている。


「今だよ!アーサー!」

地面に手をついたままマリンが叫ぶ。

いつの間にか、彼女の周りには霊力を高めるための呪符の結界が作り上げられていた。


(『沈泥術』!あちらの娘の仕業か!!)


「おう!!」

マリンの援護に応え、アーサーが渾身の一撃を見舞う。

薪割り剣法と揶揄された通り、大木を一撃で粉砕する剛の剣。

まともに当たれば少年の頭上から股下までを真っ二つにしてしまうことだろう。

身動きの取れない今、躱すすべはない。


「侮りすぎておったわ………………」

と、少年は楽しげにニヤリと笑みを浮かべた。



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