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仙風のアストレイ  作者: ナハトコボルト
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第二話『門番』①

正午を少し過ぎ、頭上の太陽が容赦なく地面を照らしている。

山道を行くタオも髪もその日差しを受けて辰砂のようにキラキラと輝いていた。


「あっちぃなぁ………………」


タオはうんざりとしながら歩みを進める。

肩には着替えや食料が入った背嚢を背負い、両手には登攀用のピッケル、通称『山鈎』を握っている。


少女が持つにはやや大きく、柄が約60cm,ヘッド部分が25cmほどある

石突部分には紐を通すための穴が開いており、ロープを通せるようになっている。


柄がやや湾曲しているのは垂直な壁を登るときなどに自然と手首への負担が小さくなるため、そしてピックでの打撃力を高めるためである。

岸壁などに溝を彫るときはもちろん、獣などと相対したときに武器として用いることもあるからである。


もともとは険しい山道をあるく猟師や道士が武器を別に持ち歩かずに済むように開発された道具である。

しかしながら、武器としての強度を求めた結果大型化・重量化したため、現在は小型の登山用ピッケルとは別に山刀などを持ちあるく事がほとんどだ。


タオも一時は他の武器を試したのだが、結局これが自分に合っていると確信し愛用している。


その愛用の武器をくるくると手の内で遊ばせながら、一歩一歩山を登っていくと


「お」


タオの道を阻むように木製のフェンスが現れた。

道幅いっぱいに敷かれたその上には有刺鉄線が巻かれている。


『私有地に付き、関係者以外立入禁止』と書かれた看板の右隅には小さく『梁山泊』と書き記しており、ここが目的地であることを彼女に伝えていた。



「さぁて、こっからが本番だな………………」





食堂にて、喧嘩を売ってきた大男を殴り飛ばした後。床に散った卵粥を恨めしそうに眺めていたタオに、マスターは代わりの粥を差し出してきた。


「いいのか?」

「ああ、アンタが悪いわけじゃないってのは見てたしな。まぁ道士の喧嘩の見物料がわりさ」

「そうか、ならもう少し時間をかけてやればよかったな」


粥を受け取り、近くの席に腰掛けるタオ。

料理を渡した後もマスターはそのそばを離れなかった


「なんか用かい?」

「さっきのやり取りは聞こえていたんだが………………アンタ本当に梁山に向かうつもりか?」

「そのつもりだが、なんだ?まさかアンタも一緒に行きたいとか言うんじゃないだろうな」

「まさか、頼まれたって行きたかないね」


マスターはわざとらしく首を振る。動作や声の調子こそ明るいが、こちらを心配しているのが見て取れる


「そんなにやばいのか?梁山ってのは」

「あんた、まさか知らずに向かうつもりだったのか?」

「まぁ、噂程度には。とは言っても俺は別に殴り込みに行くつもりじゃねえしな。妖魔が出てくるかもしれねえとはいうがそんなの旅をしてたら珍しくもねえ」

「そうは言うが、実際さっきの男みたいのが何人も梁山泊に向かってそのまま帰ってこないのは本当なんだ。 妖魔に食われたか、あるいは梁山泊の道士にやられたのかは分からないがね」

「………………まぁ、行って帰ってくる約束がないのが道士の旅だ。そういうこともあるんじゃないか?」

「それはそうかもしれないが―――」

それでも食い下がる店主だったが、


「『この道は絶対に安全です、みんなこの道を行きましたよ』、『ああそうですか、ご親切にどうも』………………それで、どん詰まりに行き着いた時に後悔するほうが俺は嫌だね」


タオはレンゲにすくった粥を息で冷ましながら、当然のようにそういった。

決意とか決心とか、そういう大げさなものでもなく、ただ静かに当たり前のこととして吐き出された言葉。

娘ほどの年齢ではあるが、それでも目の前の少女は道士なのだと改めて思う。


「そうか………………そうだな、いや、悪かったな。年寄りの悪い癖が出てしまった。若人の道行きに水を差すようなことを言ってしまったな」

「いいさ、説教を聞くだけの度量がこっちになかっただけの話だよ」

「はは、若い子はみんなそうだよ。ほら、注文してた昼飯だ」


店主が机の上に紙包みをおく、先程注文していたサンドウィッチだ。

分厚いパンに、ハムとチーズが一枚ずつ挟んであるだけの質素なものだ。


そして、そのそばにもう一つ小さな包みが続けて置かれた。

「あと、これも。よかったら持っていってくれ」


止まない湯気、香ばしい油の匂い。

中を覗けば、きつね色のごま団子が4つ。表面にはキラキラと、砂糖がまぶされていた。


「注文違いじゃないよな?」

「ああ、せっかくだから道士様に恩を売っておこうとおもってな?」

「なるほどね、ごま団子4つ分の恩か。了解した、次来たときにはもう少しちゃんとした飯を頼むことにするよ、ちゃんとした部屋もな」

「ああ、待ってるよ。………………そうだな、最後の1つだけ言わせてくれ」


マスターは、まっすぐと。タオの眼を見ながらこう言った。


「『雷鳴が聞こえたら気をつけろ』、それだけだ」

「ん?そりゃまぁ当然気をつけるつもりだけど………………」


山の天気は変わりやすい、特にこの季節は夕立や落雷も多いのでマスターの忠告はごもっともだ。

肩透かしを食らったような気がして、タオの表情が年相応の幼いものへと変わる。


「はは、じゃあな。俺はそろそろ仕事に戻るよ」


そういって、手を振りながら厨房へと戻ろうとするマスターに、


「なぁ、もしかしてアンタも道士だったのか?」

タオは、そう問いかけた。


そして、マスターは特に歩調を変えることもなく。


「今の俺は、ただの宿屋の主人だよ。………………ただし、この街で一番の料理がうまい宿屋だけどな」


道士の少女のそばを離れ、彼の立っているべき場所へと戻っていくのであった。



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