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仙風のアストレイ  作者: ナハトコボルト
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第一話『赤い髪の道士』③

「夜鷹ー、洗剤ってまだ残ってたっけ?」

「まだ残ってたと思いますけど……………一応買っときましょうか。次来るのいつになるかわかりませんし」

「おっけー、小麦粉は買った、味噌と醤油もオッケー、トイレットペーパーも十分と、後なんかあったっけ?」

「先生がインクが足りないって言ってましたね。あとトイレの電球がそろそろ切れそうです」


二人組の男女が、荷車を引きながらマーケットを進んでいる。

かなりまとまった期間の買い物をしているようで、山のようになった積み荷の重量で木製の車輪がぎぃぎぃと悲鳴を上げている。

牛か馬でもなければ動かせそうにもないその荷物の山を、二人は雑談をしながらこともなげに引いている。


二人が進むたび、周囲の人々が振り返る。

その視線の的は、夜鷹と呼ばれた少女の方だ。


彼女はついこの間15になった。

クリクリとした瞳が愛らしい、まだ幼さを残す少女である。

病的なまでに白い肌に、漆のように深い黒色の髪が映えている。


だが、人々が振り返る理由はその顔立ちとは別の場所にある。

少女は、巨きかった。

目算で2m50cmほど。隣に立つ少年も決して小柄ではないが、少女の胸の高さ程しかない。


手足も相応に巨きく、そして太い。

太い骨に、太い筋肉を載っていることがひと目で分かる。

少し力を込めれば人の手足などは枯れ枝のように折ってしまうことができるだろう。


そこに、無理な鍛錬で体鍛えたような歪さはない。

馬や熊が体を鍛えずとも自然にその形になるように、天与のものである。

その巨躯には、少女期の肉体の柔らかな印象がそのままに残っていた。


だからだろうか、最初は奇異の目で見た人々も、その少女のただただ少女らしい笑顔と雰囲気に毒気を抜かれ、視線を進行方向に戻すときには自然と軽い笑みが浮かんでいた。



「じゃあ雑貨屋に行ったら買い物は終わりかな、どっか寄りたいところあるか?」

「あ!じゃあ貸本屋行きたいです!新刊あるはずなんで!!」

「貸本屋か、そういや俺もしばらく行ってねえな。なんかおすすめある?」

「恋伝!先輩も恋伝読みましょうよ!おもしろいですよ!」

「あー、最近名前は聞くな。どういう話なの?

「えっと、ある村に貧しい女の子がいるんですけど、一生懸命勉強して都にいって有名塾に入って高官を目指すんです。

そこで同じく地方から来た男の子と仲良くなるんですけど実は記憶を失った貴族の子供で~~」

「ラブコメかぁ、俺ラブコメあんまりなんだよな。やっぱバトル系がいいな。てからビーム出したりして」

「出ますよ?ビーム」

「出るのかよビーム…………侮れねえな」


夜鷹に『先輩』と呼ばれた少年は、彼女とのやり取りを心底から楽しんでいるのがわかる。

年は17、身長は170を少し超える程度だ。


夜鷹と同じく黒髪なのだが、前髪と襟足の一部が白く染められている。

近年流行っているヘアカラーだ。時折その白く染めた髪を確かめるかのように、指先でくるりと遊んでいる。


夜鷹の側に立つとはまるで子供のように頼りなくも見えるのだが、よく見れば彼の肉体は無理なく無駄なく鍛えられている。

手指には硬質化したタコが浮いており、何らかの武術を身に収めていることが見て取れた。

夜鷹の肉体が神に与えられたものならば、少年の肉体は自ら取捨選択を経てリビルドした肉体だ。

そのオーダーメイドの自分自身で、ただ歩いて呼吸をして、話をしているだけなのに、彼を中心に世界が動いているような錯覚を覚える。

自信にあふれている、という言葉では表しきれない存在感だ。

肉体と、魂の輪郭が一致していると、誰でも自然とこういう振る舞いになるのである。


その、明らかに只者ではない二人が荷車を押し進めているとなにらあたりが騒々しい。


「何かあったんですかね?」

「どうだろなぁ、大道芸人でも来てるのかね」


更に暫く進むと、迷惑なことに道のど真ん中に大男が大の字に倒れていた。

左の頬がひどく腫れており、どうやらその一撃でノックダウンされたようだ。

その影に隠れるように、小柄な男もまたすっかりとのびている。

それを少し離れたところで人々が遠巻きに眺めながらささやきあっていた。


『酔っぱらいかい?』

『いやぁ、喧嘩だよ』

『すぐ負けちまったんだよ』

『ほら、あそこの店から吹っ飛んできたのさ』


雑多なやり取りでも、断片をつなぎ合わせればおおよその事情が明らかになる。

この時代、どの街でも同じようなことはいくらでもあるもので、二人は対して気にも止めない。


「はー、あの店からここまで一撃でぶっ飛ばされた、ってところか。その割には傷は浅いな」

「ですね、この様子なら放っておいても問題なさそうですね」


と、通り過ぎようとして少年はピタリと足を止める。


「先輩?どうかしましたか?」

「夜鷹、さっき道士局でもらった手配書見せてくれるか?」


少年は少女から紙束を受け取ると、ペラペラとめくり出す。


「………………あった!『牛鬼=ヨネザワ』、窃盗恐喝・放火未遂と拘置所脱走、それ以外もちまちま悪事働いて懸賞金30万環」

「本当ですね………………隣りにいる人も賞金かかってますね、15万環ですって」


0.3秒ほど、頭の中でそろばんを弾き、少年は満面の笑みで夜鷹に振り返る。


「よし!夜鷹、あの二人ふん縛って換金してこようぜ!」

「えええ!いや、でも多分この人倒したの同業者ですよね?横取りはよくないんじゃ………………」

「ばっかお前、3秒ルールだよ3秒ルール。賞金受け取るつもりのやつならとっくに拾いに来てるだろ!?こいつら昨日賞金かかったばかりだから多分知らねえでぶちのめしただけだぜきっと!」

「それはそうかもしれませんけど、一応一声くらいかけたほうが………………」

「賞金かかってるかもわからねえのに無駄にぶん殴るやつだぞ?お近づきにならないほうが身のためだって、ほらほらいそげ!」

「ああ!ちょっと先輩!」


夜鷹の静止も虚しく、二人の男を荷車に積んで少年は一目散に大通りを駆け抜ける。

夜鷹は、店の方向に向き直ると、大男を殴り飛ばしたというまだ見ぬ相手に一礼だけを済ませ荷車の後を追うのであった。


荷車に乗せられた賞金首を見送っていた人々も、すぐに興味を失いそれぞれの歩みを再開する。

多くの足音に全てはかき消え、いつもどおりの生活がただ始まるのである。


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