第一話『赤い髪の道士』①
実質初投稿となります。
ブリーチやらハンターハンターやらソウルイーターなどを主食にして育ったので、そういうテイストの強い、少年漫画的な作品を目指しています。
現在のなろうの主流とはだいぶ違うかと思いますが、楽しんでいただければ幸いです。
太古の昔、この世には山も川も海もなく、ただただ膨大な量の泥だけがあった。
泥はただゆっくりと蠢き、形をなしては崩れていく。
永劫とも思える時間の果てに、天界より一人の女仙が降り立った。
女仙は足元の泥を手に取ると、自らを模した精巧な泥人形を作り上げた。
作り上げられた人形は命を与えられ、泥の大地の何処かに走り去る。
その背中を見送って、女仙は次の人形を作る。
来る日も来る日も、ただただひたすらに人形を作る。
その数が1万を越えた頃のことである
女仙も疲れが溜まってきたのか、泥人形の作りは最初の頃よりも雑になり、ところどころが欠けたりヒビが入ったものになっていた。
ウトウトとしながら、作業を続けていたとき。泥の中に潜んでいたなにか鋭く尖ったものが彼女の指先を傷つけた
痛みに驚き泥を拭うと、その白く細い指先に赤い線のような傷が走っていた。
傷口からは血が滲み、ぷっくりと赤い血の玉がその足元に落ちていった。
すると、その血の玉に触れた泥が次々と人形となっていくではないか。
これは良いと、女仙は次々に血の玉を振り撒き、人形を生み出していく。
そして指先の血が止まる頃、周囲の泥がすべてなくなったこと確認し、女仙は作業を止めその場で一眠りすることにした。
このとき、最初の頃に作られた装飾豊かな泥人形が王や貴族となった。
簡素化して作られた泥人形は兵士や農民となった。
ヒビや欠けのある人形は、病人や老人となった。
そして、女仙の血によって生み出された人形は彼女の霊力を受け継ぎ、様々な術で人々を守り手助けする『道士』となった
これが、原初の時代の人間の誕生である。
そして、長い年月が過ぎて皇暦1999年。
多くの戦と多くの営みによって繁栄を重ね続けた泥人形たちの箱庭は、今まさに限界を迎えようとしていた
春の穏やかな日差しの元、柔らかな風が水田の上を吹き抜けた。
まだ分けつが始まったばかりの柔らかな稲の葉が、風に撫でられ気持ちよさそうに揺れている。
この地域では昔から稲作が盛んに行われていた。
ここから少しはなれた場所に大陸有数の山岳地方があり、黒黒とした岩肌が冬になると雪で真っ白に塗りつぶされる。
それが春になると溶け出し、地下の水脈を通じてこのあたりに流れ込んでいるのである。
山の滋養をたっぷりと含んだ清流で育った稲は、実りが多く香りも強い。
秋になると、都からわざわざ買付の商人たちが多く訪れるほどである。
せせらぎの音と稲のはが擦り合う音にくわえ、ヒーヨヒーヨとシギチの鳴き声がする。
水田の中に入り、泥の中のタニシや虫などをついばんでいるのだ。
ふと、シギチの群れが何かを察して飛び立った。
畦道に一台のバスが入ってきたのである。
しゅっしゅ、と音を鳴らしながら進むそれは最近はこのあたりでも珍しくなくなった蒸気機関式の中型バスだ。
元は都で使われていたものが払い下げになったもので、作りは古くあちこちにガタが来ている。
その上まともに舗装されていない田舎道だ。道のデコボコに合わせて車内は常に大きく揺れて、乗客たちは自分の荷物がどこかにいかないように膝の上で大事そうに抱えていた。
しかし、どうにも様子がおかしい。
しゅっしゅと、蒸気の音が小さくなるに連れて目に見えて車の速度も遅くなる。
そうしてプスンプスンと音を立てて、ついには畦道のど真ん中で止まってしまった。
田園には静寂が戻り、シギチたちは人騒がせな珍客を横目で見ながら食事に戻るのであった。
「ありゃあ、参ったなぁ」
年老いた運転手は困ったようにこめかみをかいた。
彼の足元にあるのは、火室の入れられた伝熱箱である。
この中に燃料を入れ、箱全体が高音になることで周囲の水を沸騰、発生した蒸気がタービンを回転させてこの車体を動かしているのである。
つまり、蒸気機関の心臓に当たる場所である。
その伝熱箱の中の燃料が切れてしまったので水温が低下、蒸気不足により車は停まってしまったのだ。
そのため、すぐに燃料を交換しなければならないのだが
「まずいなぁ、まさか赤い石が一つもないとは・・・。出発前に交換したつもりだったんだがなぁ」
運転手が手に持っているのは石英のような透明な六角柱の水晶である。
同じものが、伝熱箱のなかに六本詰められているのだがそのどれもが同じように透明になっており
運転手の言う『赤い石』というものはどこにも見当たらない。
「おい、いつまで止まってんだ。石の交換ならこんなにかかりはしないだろ」
しびれを切らした乗客の一人が、機関室に乗り込んできた。
真っ赤な髪を結い上げた少女だ。都の方で流行っているような派手な刺繍の入った服を着ている。
年の頃はまだ十六かそこらだろうか、健康的でニキビ1つない肌に、長いまつ毛に翠緑の瞳。
このあたりでは初めて見る顔だ。もしかすると都から来た流れの芸人なのかもしれない。
しかし、こちらを射抜くような攻撃的な目つきと、威圧的な振る舞いが、その美しさを華やかさではなく刃物の冷たさに変換していた。
「申しわけねえです。石が全部空になっちまっていて」
「はぁ?頼むよ、こっちだってヒマじゃないんだ」
「ええ、ええ。こういうときのために石炭も積んでますんで、今から準備すれば1時間もあれば動かせるかと……………………」
孫娘と変わらぬ歳の少女に、老運転手は申し訳無さそうに頭を下げる。
二人のやり取りを他の乗客も聞き耳を立てているようで、ざわざわと声を上げていた。
「ち、町までは後どれくらいだ?」
「へえ、大体20kmくらいかと」
「じゃあ3つもあれば十分だな、石貸しな」
「へ?あ、はい」
半ば奪うようにして、運転手の手から透明な石を受け取る少女。
そして、軽く呼吸を整えると、その手のひらに力をこめる
「言っとくけど、これ貸しだからな。乗車賃はただにしてもらうぜ」
少女がそう言いながら、かっと目を見開くとその全身が淡く発光を始める。
そしてその光はすぐに石を握った両手に集中し、輝きを増す。
その光は、隣りにいた運転手が思わず目を細めるほどにまばゆかった
「こりゃあ、あんたまさか『道士』かね………!」
「まぁな。ったく、こんなところで無駄に霊力使いたくなかったんだけどな。ま、足踏みするよりはましか」
「ま、こんなもんだろ」
石を受け取って3分ほどそうしていた少女が手の中の石の色を見てそういった。
ふっ、と少女を包んでいた光が消える。
少女の額には玉のような汗が浮かんでおり、少女はそれを服の袖で拭いながら運転手に石を返却した。
先程まで透明だったはずの石が、血の色を思わせる真紅に染まっていた。
「こりゃおどろいた。3本も封霊石を満タンにできるなんて、しかもこんな少しの時間で………………!」
「時間かけてもしゃあねえだろこんなの、ほら。これで町までは保つだろ、さっさと出発してくれよ」
「へ、へい!ありがとな嬢ちゃん!!」
運転手の礼を背中に受けながら、少女は機関室からでて客室に戻る。
一部始終を見ていた乗客たちは少女に興味や畏怖を混じった視線をぶつけるが、彼女はまるで気づかないように通り過ぎる。
そして後部座席の真ん中に、まるで王のように座り込むと目を閉じて深く眠りについた。