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横着令嬢と呼ばれた公爵令嬢

作者: 坂口ひろき



「ステファニー様、王太子殿下から婚約解消の通知が届きました」


 庭のベンチでぼーっとしていた公爵令嬢ステファニー・アイズバルトに、新人侍女のメリダが報告した。


「でしょうねえ。どうせ新しい婚約相手はカミーラよね?」


 ステファニーは特に驚いた様子もなく、自分の妹の名前を口にした。

 メリダは頷く。


「はい。これでアイズバルト公爵家と王家の関係は崩れません」


「カミーラに感謝しないとねえ」


「悔しいとは思われないのですか?」

 

「別に? 婚約を解消されたって死ぬわけじゃないもの」


 ステファニーは王国の最有力貴族の1つであるアイズバルト公爵家の令嬢として、2年前――16歳の時に王太子の婚約者に指名された。

 

 婚約者に選ばれた頃のステファニーは努力家だった。

 王太子妃に必要なあらゆる教育を受け、様々な学問を学び、王太子妃に相応しい容姿となるべく身嗜みを整え、万が一の時に王太子を護るために武芸の訓練までした。


 しかし、ある日から糸が切れたように無気力になってしまったのだ。


「そろそろ私にも教えて頂けませんか。ステファニー様がこうも無気力になられた理由を」


「そうね。もう王太子の婚約者じゃないし、教えてあげてもいいわ。でも大した理由はないから期待しないでね」


 メリダを見つめるステファニー。

 その眼光が一瞬だけ鋭くなった気がして、メリダは息を飲んだ。


「近衛騎士ピクニック事件は覚えているかしら?」


「ええ、勿論です。話題になっていましたから」


 1年前。王都は突如雷雨に見舞われ、王宮に雷が落ちて火災が発生した。

 火災自体はすぐに鎮火されたが、別の問題が起きた。

 近衛騎士を緊急招集したところ、王宮内を警備していたはずの騎士の集まりが明らかに少なかった。 

 調べると、騎士団長を含めた25名の騎士が仕事を放棄し、近隣の山にピクニックに行って遊んでいたことが判明した。

 

「それで国王陛下が激怒したのは知っているわよね。ではその後、騎士たちにどんな処分が下されたかは知っている?」


「いえ、そこまでは……」


「1週間の謹慎の後、全員職務に復帰。騎士団長の解任も無かったわ」


「え? それだけですか?」


 メリダが驚愕の表情をした。


「そう。近衛騎士たちはみんな貴族の子弟。国王陛下も寛容になるしかなかったのよ。それを知った時、私も真面目に公爵令嬢として努力するのが馬鹿らしく思えたの」


「それでここまで無気力になられたのですか」


「王太子殿下とカミーラの浮気は察していたから。可愛いけど勉強が苦手なカミーラが王太子妃になっても何も問題ない。私が義務を放棄したところで婚約解消されるだけで何の罰もない。この国の貴族社会は弛緩しきっているのよ」


 近衛騎士ピクニック事件以降のステファニーは公爵令嬢として、また王太子の婚約者として出るべき王宮の儀式や、貴族の社交パーティーなどを公然と何度も欠席するようになった。

 父は怒っていたが、そのうち諦めてステファニーを放置し、妹のカミーラを王太子の婚約者にすべく動き出した。


 ステファニーは陰で『横着令嬢おうちゃくれいじょう』と不名誉なあだ名で呼ばれるようになっていた。

 なお、本人は全く気にしていない。


「ステファニー様は、これからどうされるのですか」


「どうもしないわよ。この国の貴族らしく何の努力もせずにのうのうと生きていくわ」


 



 それから数ヶ月。

 ステファニーが相変わらず無気力な暮らしを続ける中、妹のカミーラと王太子の結婚式の日がやってきた。

 

 伝統に従い、近衛騎士団が王太子妃となるカミーラを迎えに来てアイズバルト公爵家の一族と共に王宮へ向かう。

 ステファニーは当然結婚式に参加するつもりはなく、もはや家族から呼ばれもしなかった。

 

「じゃあ元気でね、お姉さま」


 カミーラは何一つ悪びれもしない笑顔でステファニーに最後の挨拶を告げ、去っていった。

 アイズバルト公爵家の邸宅にはステファニーと侍女のメリダだけが残された。

 婚約を解消された時点で、新人のメリダ以外の侍女はステファニーの専属から外されていた。


「今日も平和ねえ」


 ステファニーがいつものように庭のベンチでぼーっとしていると、メリダが慌てて走って来た。


「ステファニー様! お客様が!」


「私にお客様? 何かの間違いでしょ。帰って頂いて」


「それが、もうこちらに来てしまわれました」


 ステファニーが怪訝な顔でメリダの方を見ると、騎士の格好をした精悍な青年が立っていた。


「久しぶりだな。ステファニー」


「アンドレアス。近衛騎士団長の貴方が何の用?」


 メリダが驚きを隠せない様子で2人を見た。


「お知り合いだったのですか?」


「幼馴染よ。一応ね」


「会ったのは2年ぶりくらいだけどな」


 近衛騎士団長のアンドレアス・バルクオーレは公爵家の三男である。

 バルクオーレ公爵家はアイズバルト公爵家と並ぶ名門で、アンドレアスとステファニーは同い年ということもあり、子供の頃はよく一緒に遊んでいた。


「せっかくここまで来たから、お前の顔でも見ておこうと思ってな。王太子妃様の護衛は部下に任せておいた」 


「また職務放棄? ピクニック事件から全く懲りていないのねえ」


「え、この方がピクニック事件の?」


横着令嬢おうちゃくれいじょう様に職務放棄を指摘されるとはな。それにしても、俺も変なことで有名になっちまったな」


 アンドレアスがポリポリと頭をかいた。

 ステファニーは呆れたように言う。


「全部貴方のせいでしょう。何であんな馬鹿なことをしたの? 昔は誠実だったのに」


「あわよくば近衛騎士を解任されたかったんだけどな。あんなに甘い処分になるとは思ってなかった」


「才色兼備の近衛騎士団長として王宮の女性たちにチヤホヤされてる貴方が、騎士を辞めたい? 笑えない冗談ね」


 アンドレアスが息を深く吸い込んで、意を決したように言った。


「近衛騎士を続けたら、いずれ王太子妃になるお前を――他の男の妻になったステファニーを近くで見続けなきゃいけない。あの時はそれが嫌だったんだよ」


 メリダが顔を赤らめた。


「そ、それって……!」


「はあ? 近衛騎士が王太子妃を守るのは当然でしょう。何が嫌なのよ」

 

 ステファニーが心底意味がわからない様子の顔で言った。


「ステファニー様!? それは鈍感すぎでは?」


 アンドレアスが溜息を吐く。


「昔からこういう奴なんだよ。侍女さん、悪いが少しだけステファニーと2人にしてもらって良いか?」


「は、はい! ではお飲み物でも用意いたしますね! ごゆっくりどうぞ!」


 メリダが足早にその場を離れた。

 ベンチに座っているステファニーの前で、アンドレアスが膝をついた。


「はっきり言わなきゃわからないだろうから、言わせてもらうぞ。ステファニー、俺と結婚してくれ」


 しばらくの沈黙の後。

 ステファニーがベンチから立ち上がった。


「結婚!? 私と貴方が!?」


 ステファニーの顔が、さっきよりも少しだけ赤らんでいる。


「そうだ。お前が王太子殿下の婚約者になった時、諦めたつもりだったが……婚約が解消されたと知って、この気持ちを伝えずにはいられなくなったんだ。それでも今日、結婚式が無事に行われるまでは我慢していた」


「えっと……その」


 ステファニーは混乱していた。

 アンドレアスと結婚するなんて、考えたこともなかった。


「どうだ? 受けてくれるか?」


「ちょっと待って。貴方は公爵家の三男でしょう。将来はどこか地方の領主の娘婿にでもなるものじゃないの?」


「知ったことか。俺は警備を投げ出してピクニックに行った男だぞ。それに、お前もそういう予定調和の貴族社会に退屈してたんじゃないのか?」


「それはまあ……そうだけど」


 アンドレアスの言葉がステファニーの心に刺さった。その通りだったからだ。


「一緒に海を渡らないか。2人で隣の大陸に行くんだ。俺もお前も、家柄なんて関係なく自分の力で生きていく。失敗して野垂れ死ぬのも、成功してのし上がるのも自由。ワクワクしないか?」


「貴方、私を野垂れ死なせるつもりなの?」

 

「い、いや! これはあくまで言葉の勢いというか……もちろん俺が守るさ! 死なせはしない!」


 慌てるアンドレアスを見て、ステファニーは吹き出してしまった。


「ふふ、やっぱりアンドレアスと居ると面白いわね」


「笑わせる所じゃなかったんだけどな」


 見知らぬ海の遥か向こうを想像し、ステファニーの胸の鼓動が早くなっていた。

 ステファニーはアンドレアスを見つめて微笑んだ。

 

「いいわ。一緒に行きましょう。よろしくね、旦那様」





 ステファニーとアンドレアスは王国を脱出し、海を渡って隣の大陸に移り住み、その地で夫婦となった。

 ちなみにメリダも自らの意思で共に大陸に渡り、後に現地の男性と結婚している。


 アンドレアスは大陸最大の国家である帝国の軍へ仕官し、ステファニーは帝国の役人に採用された。

 2人は高い能力を発揮し、順調に出世していった。





 その数年後。

 帝国と王国の関係が崩れ、100年以上ぶりに戦争が起きようとしていた。


 軍の上層部の一員となっていたアンドレアスは王国出身者として作戦を立案。

 帝国軍が海を渡って王国に侵攻した。


 国政に関心を持たない気楽な王太子と王太子妃のおかげで昔よりもさらに緩んでいた王国は反撃の術を持たず、戦わずに降伏。

 貴族たちは何の躊躇いもなく王族の身柄を帝国に差し出した。





「皆様の命は奪いません。こちらに有利な講和条約を締結していただければ結構ですわ」


 帝国の大使となっていたステファニーは、拘束された王族たちを前に言った。

 殺されるものだと恐れていた王族たちは、安堵の表情を浮かべる。


「お姉さま……!」


 王太子妃カミーラが、数年ぶりに会った姉の顔を見る。

 横着令嬢おうちゃくれいじょうと呼ばれていた頃からは想像できない威厳に圧倒されてしまう。


「何でしょうか」


 ステファニーが他人行儀に言った。


「なんで、私たちを助けてくれるの? お姉さまは王国が憎いんじゃ?」


 カミーラが怯えた表情で言った。


「王族を殺して直接統治をするよりも、あなた方に死ぬほど努力して王国をまとめて貰ったほうが楽だと考えたまでのことですわ。もちろん不正があれば直ちに帝国に報告しなければいけませんから、私が動かなくて済むように頑張ってくださいませ」


 ステファニーが笑顔で答え、一言だけ付け加えた。


「私は元、横着令嬢おうちゃくれいじょうなのですから」








 

 




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― 新着の感想 ―
[気になる点] 堕落して使えない人間を教育はできるのでしょうか?経験上、そういう人間は物理で押さえつけない限り、変わらない気がします。
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