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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

赤咲く夜を渡りゆく

作者: 藤木ひかる

 コトリ、と小さく音を立てて、ワイングラスがテーブルの上に置かれる。

 透き通った赤い液体の表面で、シャンデリアの光がゆらりと揺れた。


稀紗羅(きさら)さん、僕と」


 真剣な顔をして、男は女を見つめる。


「一緒になってくれませんか。一生かけて幸せにすると誓います」


 痛いほどの沈黙が張りつめる。


 女は小さくため息をついて、目を逸らした。


「……つまらない。つまらなさすぎるわ」


 ぼそっと吐き出された言葉に、え? と男は眉を顰める。


 もったいない、と女は苛立ちを混じえて呟いた。


 古風で清楚な雰囲気のレストランの個室。


 古めかしくてお洒落なシャンデリアの光が優しく照らす、色鮮やかで美しい、真っ赤な薔薇の花。


 ワインの美しい真紅は思わず見とれてしまうほど素敵な色なのに。


 前に座る男は、これらを用意したはずの男は、真面目で地味だ。


 ──つまらない。


「いきなり、何を言い出すんですか」


 苛立った様子で男が声を荒げると、だからいやなのよ、と女は舌打ちした。

 全くもって、美しくない。


「悪いけれど、私、貴方みたいな人とは結婚したくないわ。美しくないもの。話がそれだけなら、失礼するわね。これは貰っていくわ」


 この部屋に入ってから最初に手渡された薔薇の花束だけを手に持って立ち上がると、待ってください! と男は慌てたように立ち上がり、女の漆黒のドレスの裾を掴んだ。その拍子に、その手がテーブルの上のグラスにあたる。


 テーブルから何も無い所へ押し出されたグラスは、パリン! と派手な音を立てて床の上で割れた。


 赤い液体がそこら中に飛び散る。


 女は男をきっと睨みつける。切れ長の美しい瞳が、すっと細められた。


 割れたワイングラスを見ておろおろしている男の胸ぐらを掴んで引き寄せ、その喉に、ドレスの下に隠し持っていたアイスピックを突きつけた。


「……ど、どういうつもり、ですか」


 突き当てられたアイスピックの存在を認めて、男の顔が恐怖でこわばっていく。


 酷く掠れた声も、その青ざめた表情も、今は何もかもが不愉快だ。

 せっかく、この花に免じて見逃してあげようと思ったのに、と女は舌打ちをする。


「わたし、」


 ──美しくない男は嫌いなのよ。


 耳元でそう囁くと同時に、手に持った凶器を、男の胸に勢いよく突き刺した。


「う゛っ」


 男は信じられないような目をして女の顔を見、自分の胸元を見る。


 じわじわと赤が染み出して、白いシャツを鮮やかに染めていく。


「ぅがっ、がほっ」


 咳をすると、口から血が飛び出してきた。


 そのまま、ドサリ、と崩れ落ちた男の上に、女の腕の中の花束から真っ赤な花弁が、ひらりと舞い落ちる。


 あら、と女はその光景に唇の端を釣りあげた。


 最早血なのか、ワインなのか分からない、床に広がる赤いパレットの中に、一枚の赤い花弁が浸っている。


 赤色に彩られて死ぬだなんて──最期は美しいじゃないの。


 女は、鬱蒼とした笑みが浮かべ、部屋を出ていく。


 緩く弧を描くその唇は、血塗られたように真っ赤だった。


 *


 一ヶ月後、一人の女が連続殺人事件の犯人として逮捕された。


 ここ二ヶ月ほど、世間を騒がせていた事件の犯人がようやく捕まって、話題はそれで持ちきりだった。


 女は偽名を使って男に近づき、交際した後に、プロポーズをされると、毒の塗られたアイスピックで胸を一突きし殺していた、との事だった。


 しかし警察の事情聴取には黙秘を続け、数日後脱走し、その直後に自宅の風呂場で死亡しているところを発見された。


『捜査関係者によると、××県の〇〇市、▲▲市に住む男性8人が連続殺害された事件で、××県警は2日、殺人の容疑で、自殺した東雲しののめ瑠璃香るりか(26)を被疑者死亡のまま書類送検した。


 捜査関係者によると、東雲容疑者が若い男性を計画的に狙った事件だった可能性が高いが、明確な動機などは明らかにならなかった。事件の全容が判然としないまま、捜査は事実上、終結した。』


『東雲容疑者は、自宅の風呂で、湯船を赤ワインで満たし、大量の赤い薔薇の花弁を浮かべた中で手首を切って死亡しているのを発見された。


 風呂場に鍵がかかっていたことから、警察は自殺とみて捜査している。その後県警は家宅捜索を実施。被害者の関係者ら約50人からも事情を聴いたが、明確な動機は見いだせなかった。』


 ニュースを表示しているスマホの画面を切って、女は妖艶なほほ笑みを浮かべた。


 あの女はいい働きをしてくれた。ファンだとまとわりついて来た時は鬱陶しくてしょうがなかったが、まさかこんなに役に立つとは。


 自殺までしてくれるなんて、完璧としか言いようがない。それも、気の利いた、美しい死に様だ。


 動機ねぇ、と女は一人心地る。


 そんなの、


「美しいものが見たいからに、決まってるじゃない」


 *


 女は今日も、優雅に夜を渡り歩く。


 ため息が出そうなほど、世界がすべてなくなったとしても構わないほど満足できるような、美しいものを求めて。


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