甘い生活
仕事が終わり、家路に着く。辺りはすっかり真っ暗。街灯がなければ一寸先も見えるかわからない。
人通りの少ないこの道を寒さに震えながら十数分歩き、俺の家があるマンションまで着く。俺の部屋からは光が漏れていた。彼女に違いない。俺は急いで部屋に向かった。
バッグから鍵を出し扉を開ける。と、中からいい匂いがしたと同時にパタパタと走ってくる音が聞こえてくる。
「おかえりなさい」
「ただいま」
「お風呂、湧いていますから、温まってください」
そういうと、俺の手からバッグと、ついでに着ていたコートを持ってくれた。
「ありがとう」
俺は靴を脱ぎ、風呂場に向かう。脱衣所は寒かったが、浴室のドアを開けると、暖かな空気が押し寄せてきた。
頭からお湯を被る。冷たくかじかんだ体には少々熱かったが、直ぐに慣れて心地の良い熱さへと変わる。
体と頭を洗い、湯船に浸かる。温かかった。シャワーとはまた別の温かさだ。まるで心まで包まれているかのような感覚で、気を抜くと眠ってしまいそうだったので、ひゃく数えてお風呂から出た。
寝間着に着替えリビングに行くと、食卓には二人分のご飯が並んでいた。
俺は少し笑いながらに言った。
「いつも言ってるけど、遅くなる時は先食べててもいいんだよ」
すると、彼女は首を横に振り、「とんでもない!」と言いたげな顔で、
「あなたが頑張って遅くまでお仕事をしているのに、家にいるだけの私が、先にご飯を食べるなんてことできません」
律儀と言うかなんというか。うちの会社は様々な理由から常に残業が多い。そのため帰宅が十二時を超えることも少なくない。さらに朝は普通の会社より二時間以上も早いこともある。彼女はほぼ毎日のように俺より早く起きて俺より遅く寝る。起きている間は家事に勤しんでくれている。俺にとって彼女の存在はなくてはならないし、嬉しいしありがたい。しかしやはり心配になる。そんなに頑張って平気か? と。だが彼女が弱い部分を見せたことは一度もない。本当に何も無ければそれでいい。
俺は彼女の言ったことを信じ、彼女のためにも、そしてお腹がすいていたので瞬く間に皿の上を空にした。そんな俺の姿を、彼女は満足そうに見つめていた。
ご飯を食べ終え歯を磨くと、途端に眠気が襲ってきた。
「さ、ベッドに行きましょう。今夜は私も一緒に寝させていただきます」
ふらふらの状態の俺を、彼女は支えてくれた。ベッドに横たえ、布団をかけてくれる。
「電気、消しますね」
部屋が真っ暗になると、眠気は限界に近づく。そんななか、俺は無意識にベッドに入ってきた彼女に手を伸ばしていた。
「あらあら、甘えん坊さんですね。いいですよ。今日は私の胸の中でお眠り下さい」
朦朧とした意識の中、ふありと包み込まれるような感覚に襲われる。それはお日様のような温かさで、安心出来るものだった。
「おやすみなさい。また明日」