1-7 その優しさが甘酸っぱい
(――こんなに冷たい気を放っているのに、なぜなのだろう)
リリアンは不思議な気分になりながら、少年に抱きかかえられていた。
「こっから飛ぶぞ、しっかり捕まってろ」
少年は、シャンシャンシャンと大通りを走る馬車を軽々と飛び越えた。
空中で二人の身体が大きく揺れると、彼は彼女をぎゅっと強めに抱きしめた。
(きゃっ)
心の中で小さな悲鳴を上げてから、リリアンは揺れる身体を何とかするために少年の腕にしがみつく。
彼の身体はごつんと固い。
運動で張り詰める筋肉の固さだ。
今まで、リリアンに欲情して抱きついてきた男性からは感じたことのない、やたらとストイックな感触だった。
(どうして、こんなに安心するんだろう……)
ひどく不思議な感じがして、彼女は心を奪われる。
自分とは異なる身体のつくり、ごわごわした革ジャンの感触、ほんのりと薫るのは薬草か何かだろうか、エキゾチックでスパイシーな香りがする。
(ずっと、こうして一緒にいたい……)
もしかしたら、どこかいかがわしい場所に連れ去ろうとしているのかもしれないのに。
それに、こんなところを尼僧院の者達が目撃したら、彼を殴ってくるに違いない。
リリアンだって、普段ならそうしてきたのだ。
旅の途中で男に押し倒された時、抱きつかれた時、彼女はいつでもにぎり拳を振るった。
だが、今はなぜか拳が握れない。
少年からは他の男から放たれる嫌な感じがしない。冷気の所為か、清涼な雰囲気がする。
(怖くない。きっと、この人が優しいからだ)
思った時に、心臓がとくとくと早いビートを刻み初め、胸いっぱいに甘酸っぱい……たとえば砂糖漬けのレモンを囓った時のような感覚がする。
(彼と何かお話がしたい気分です……)
変な感じだと思いながら、リリアンはそっと瞼を降ろした。
視界が遮られると、また一段と、密着する少年の身体を感じてしまう。
堅いけれど、しなやかで、敏捷な……黒豹のような肉体。
思った途端に、また心音が高鳴り、彼女は睫を震わせながら目を開いた。
「あのっ」
「どうしたんだ?」
「どこに向かわれているんですか?」
「すぐそこだ」
「せめて場所名を言っていただけると助かります」
「ここで安全な場所っていったら1つだろ」
「……あなたの傍ですか?」
「アホか」
真面目に答えたのに、彼は冷たく言ってきた。
それがとても悲しくて、どうやったら温かい言葉がもらえるんだろうかと考えてしまう。
(わたし、どうしてしまったのかしら……)
*大切なお願いです*
「応援してもいいかも?」や「これ、面白かったよ!」
……など、なにか思っていただけたら、下にある☆を押して応援をお願いいたします。
ブックマークもしていただけると、大変嬉しいです。
よろしくお願いいたします!