1-6 とある感情が芽生える一歩手前
「行くぞっ」
いきなり少年が振り返って、彼女を小荷物のように片腕で抱き上げる。
「な、なにをするのですっ」
びっくりして、リリアンは彼の腕を振りほどきにかかった。
このように異性と密着するなんて破廉恥きわまりない行為だ。
「やだ、離してくださいっ」
「黙れ、変態」
「わたしは変態ではございませんっ」
「変態でもない女が、路上で乳出さねぇだろ」
がっちり脇にホールドされて、リリアンは顔を真っ赤にする。
「……ぁっ、やぁん!」
「妙な声出すな!」
「ごめんなさい……でも……あっ、や、やだ! ンッ、ぁ……だめぇっ」
「さっきから何なんだよ!」
「……あなたのせいです!」
「わかるように話せっ」
「こんな風に抱えられてると、スカートがめくれちゃいますっ。今日は……ひもパンなのにっ」
「お前っ、修道女だろ!」
「旅にはお金がかかるし、ショップで安かったんですぅ……、ンッ、ゆらさないで……」
リリアンは必死に両手でスカートを押さえようとしたが、少年の腕が邪魔してできない。
しかも、突然、少年は走り出した。
「女を横取りするんじゃねぇーーー!」
激怒した修道士達が、悪魔のように顔を険しくして追いかけてきた。
少年の魔法は大したことがないと判断したのだろう。
それをリリアンも見抜いていた。
詩は魔法を生み出す。
詩人は魔法を操る。
その詩を扱う魔法ジャンルを《詩人魔法》という。
リリアンは、そんな詩人魔法の全てを探求する学者であり尼僧だった。
少年の魔導の魔法は「上々」という、魔法のエンジンをフル稼働させる言葉を用いても、修道詩人の魔法を砕いただけで相手を倒すことができなかった。
だから逃げるのである。
ようするに、彼は、弱い魔導詩人なのだった。
「雷砂、二発目、ドンパチ、上々の上々」
「え?」
なにそれ、とリリアンは瞬きした。
上々の上々があるとすれば、フル稼働を超えることになる。
(どんな魔法にも、限界というものが……あるはずなのに)
「――の上々の、更に上々!」
少年の滅茶苦茶な詠唱が終わると、彼の手の銃が風船のように膨らみ、修道詩人に向かって絶叫した。
魔弾の破裂音が、ダダダダンとリリアンの鼓膜を激しく殴りつける。
爆風を伴った血反吐に似た弾丸が、修道士達の腹をえぐって吹っ飛ばしていく。
修道士が虫けらみたいに地に落ちるのを見て、リリアンは言葉を失った。
ここまで自由奔放なグリモワールは、才能がなければ完成しない。
(……こんなの、誰が作ったの!)
驚いているリリアンを少年は抱え直し、軽々と道を駆けていく。
「お前、ここらの道を知っているか?」
「いいえ知りません」
「ったく、役立たずだな」
「お役に立てずに申し訳なく思いますっ。でも、地図ならポッケの中にあります!」
「立ち止まって地図を見てたら捕まるだろーが、ボケ!」
少年は一時も足を止めずに先を急ぐ。
昨日の雨で湿ったままの坂道を駆け上り、錆を生やした建物の階段を上り、煉瓦三列の細橋を渡り、積み木のように木箱重なる地に飛び降り、人がいる方へいる方へと向かっていく。
「あの……、もしかしなくても、わたしを助けてくれたのですよね?」
リリアンは恐る恐る少年に尋ねた。
「しらねぇよ」
素っ気なく少年はいうけれど、言葉尻から感じられるニュアンスが温かい。
その温かさに、リリアンは注目してしまう。
……とても優しい感じがしたからだ。
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